第79話 看板到着
「わかったよ」
ミライに言われた通り、店の前にやってきた屈強な男二人が持っていた立て看板を受け取る。
俺の背丈くらいあるドでかい看板だ。
祭りなのだから派手で目立つに越したことはないので、これくらいがベストなのだろう。
「すみません。ありがとうございます。ここに立ててください」
「わか……りました」
男の一人はそのガタイに似合わずボソボソとした声で返事をした。
しかも二人とも、俺と全く目を合わせてくれない。
なんだ。こいつらの方が俺よりよっぽど接客態度悪いじゃん。
異世界たかがしれてんな。
なんか自信がついてきたぞ。
とりあえず、看板は出店の右端に置いてもらう。
「それでは、し、失礼します」
男二人はヘコヘコと礼をして足早に去ってい……く前に一度振り返り、
「あっしらはただ運んだだけですからね」
捨て台詞を吐いてから逃げるように立ち去っていく。
なんだろう。
これ以上かかわりたくないオーラが彼らの去っていく背中から滲みでている。
嫌な予感がするんだが。
できれば気のせいにしておきたい。
「なぁ、ミライ。お前また変なこと考えてないか?」
「その言い草は、まるで私が普段から変なことしか考えていないかのようですね」
「その通りだが」
「ひどいです! 今回はちゃんとしてます。むしろとても親切なことをしています」
「そうか。なら悪かったな。疑って」
ってことはただ単にあの運送屋の接客態度が悪かっただけか。
やっぱり異世界たかがしれてんな。
引きこもりに接客態度で負けるなんて。
にしても、ミライはどんなメニューを用意してるのかなぁ。
俺は看板に目を向け、そこに書かれている文字に目を通す。
『大特価! 今だけ! 伝説の食材ユニコーンの角の丸焼き販売中!」
ああ、なるほどね、ユニコーンの角の丸焼きかぁ。
「おいミライ! 高級食材は使わないって話だったじゃないか! これじゃあぼったくり価格に設定しても意味ないだろ!」
こいつ平然と嘘つきやがった。
ってかユニコーンの角ならぼったくり価格にしたって赤字まである。
「誠道さんはいったいなにを言っているのですか? よーく見てくださいよ」
「はっ? よーく見ろって言われても」
俺は何度か瞬きをしてから、もう一度看板に書かれてある文字を見る。
『大特価! 今だけ! 伝説の食材ユニコーソの角の丸焼き販売中!」
あれ?
これはもしかして……。
まさかでも……俺の見間違いかも知れない……よな?
『大特価! 今だけ! 伝説の食材ユニコーソの角の丸焼き販売中!」
「これ、もしかしてユニコー『ソ』って書いてる?」
「その通りです!」
ミライはえへんと胸を張った。
「今の誠道さんの反応を見たら安心できました! これならバカなリア充を簡単に騙せそうです!」
「安心すんなよ! ってか今俺をバカ扱いしたよな?」
「ソの斜めの棒の角度をギリギリまで『ン』に近づけてもらったのがよかったんですかねぇ」
「いいわけないだろ!」
「どうしてですか? ユニコーソの角は自分たちで採集したので原価は0円です。しかも、出店用に新たに購入したものだって本家ユニコーンの角の価格の30000分の1なんですよ」
「それがどうした?」
「まだわかりませんか」
ミライが呆れたと言わんばかりにため息をつく。
「この格安のユニコーソの角をユニコーンの角と偽って販売するだけで、莫大な儲けが発生するのです! どやぁ!」
「どや顔すんな! ぼったくり価格は祭りではみんなやってるから百歩譲って許されるだろうけどな、これは明らかに犯罪だろ!」
「ただの経費削減です」
「そんなわけあるかー!」
全身全霊でツッコむも、俺の言葉はミライの耳には届いていない。
「ああ、こんな低価格でユニコーンの角を提供する。私はなんて優しいのでしょう」
「ユニコーソの角だろうが。思い込み激しすぎんぞ」
「誠道さん」
的確なツッコみをしたはずなのに、ミライが子供の間違いを正そうとする親のような目になる。
「いいですか。たいていの人間はバカなので味の良し悪しなんてわかってません。肉を食べて脂が甘い、なんて言っているやつは格好つけているだけ。さも本物の味を知っているかのように振る舞っているだけのバカです」
「おい、変な名前の野菜を買っときゃいいと思ってる欧州オーガニック妄信主婦や、SNSに『自分へのご褒美』って文章つけて高級レストランの料理ばっかり上げてる港区女や、頼んでもいないのに出てきたワインの品評会をはじめるナルシスト男を敵に回すなよ」
「私思うんですけど、この場合、誠道さんの方が多くの人をバカにして敵に回しているのでは?」
「責任を人に押しつけるんじゃありません」
どうして俺がバカにしていることになるんだよ。
ただツッコみのために具体例を挙げただけだろ。
これでキレてくるやつは図星なだけ。
私って、味わかんないバカ舌なんですぅ! って自分から声高に叫んでいるようなものなので放っておけばいい。
「……まあ、とにかくですね」
ミライがコホンと咳払いをする。
「裏を返せば、バカは松阪牛だと言われて出されたステーキを、それがどんな安物の牛肉であったとしても、思い込みで松阪牛に感じてしまう。プラシーボ効果です。人は素材ではなく、料理名やシェフから言われた言葉だけで味を判断しているのです。つまり! これはバカにとってユニコーソの角ではない! プラシーボ効果を調味料にした、絶品のユニコーンの角なのです!」
「うん、なるほど。ミライは長々となにを演説してんだよ。たしかに人間の味音痴ぶりは正月に芸能人が証明してるけどなぁ! やっていいことと悪いことが」
「でしたら言わせてもらいますけど、ユニコーソの角であると真実を明かせば、それはユニコーンの角を食べていると思い込んでいる人の夢を奪うことになります。子供にサンタクロースの正体を明かすのと同じなのです」
「同じじゃねぇわ! サンタクロースに謝れ!」
「あれ、誠道お兄ちゃん?」
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