第3章 夏祭りは浴衣で君と

第77話 祭りになんかいくわけ

 朝起きて、歯磨きをしてからリビングに向かうと、ちょうどフレンチトーストをダイニングテーブルの上に置いたミライが、パタパタと近寄ってきた。


「誠道さん。知っていますか?」


 なぜかミライは目をキラキラと輝かせている。


 朝なのに無駄にテンション高めで、俺は若干引いた。


 出かかっていたあくびも止まった。


 こういうとき、ミライは大抵そのトンデモ脳でふざけたことを考えている。


 心の中でため息をついてから、ミライに問う。


「知ってるって、なにを?」


 借金の減額方法なら大歓迎だが、まあそんなことはありえないだろう。


 むしろ借金をどうやって増やすかを考えている節があるからね。


 いよいよ自己破産がこの世界でできるのかを調べておかなくてはいけないかもしれない。


「実はですね、二週間後にグランダラでお祭りがあるらしいのです」


「そういえばそうだったな」


 頭をぽりぽりとかきながら返事をする。


 ミライの言う通り、二週間後にここグランダラでお祭りが開催される。


 作物の豊作を祈る祭りだそうだ。


 ……引きこもりの俺には関係ないけど。


 あんな人混みの中にわざわざ突入するなんて考えられない。

 

 しかも祭りなんてリア充の巣窟。


 そんな中に突入するなんて正気の沙汰ではない。


 呂布に一騎討ちを申し込むほうがまだマシだ。


「なんですか。その興味なさそうな反応は。ハンドボールの話なんかしてませんよ」


「今すぐハンドボーラーたちに謝れ」


 まあ、実際のところ、ハンドボールをやっている人たちのことをハンドボーラーって呼ぶのかどうかもわかっていないから、ミライの例えはほぼ正しい。


 ハンドボーラーさんごめんなさい。


「ってか祭りなんて、引きこもりの俺には関係ないからな。外がちょっとうるさいだけの平凡な一日だろ」


「そんなこと言わないでください。お祭りですよお祭り。お祭りは年に一度しかない貴重な日なんですから」


「俺にとっては貴重な避難日ですから」


「そんな寒いギャグはどうでもいいです」


「自分でも言った後にないわーって思ってたんだから、わざわざ言葉にしないで」


「とにかく、せっかくなので参加しましょう」


 ミライがここまで自分の主張を押し通そうとするなんて珍しい……珍しいか?


 この光景、歯医者くらいの頻度で見かけてる気がするなぁ。


 そして絶対に俺が不利益を被るので、絶対にここで折れてはいけない。


「嫌だって言ってるだろ」


「どうしてですか。せっかくの貴重な日なんですよ。お祭りは楽しさの塊ですよ」


 ミライはまだ引き下がらない。


 そんなに祭りにいきたいのだろうか。


 ミライも年頃の女の子ってことなのかな。


 いや、ミライはまだ産まれて間もない女の子なのか?


 そもそも年頃の女の子は祭りにいきたがるのか?


 祭りって、バカみたいに集まってきたバカみたいなリア充が、バカみたいに高い値段(通称、お祭りぼったくり価格)で売っている食べ物を買うだけの、バカの採掘場だろ。


 そんなところにいったら俺までバカ認定されるじゃねぇか。


「お願いします。今年は参加しましょう。祭りの日まで引きこもりなんかやっていても、いいことないですから」


「だからお前は俺の引きこもりを支援する存在だろ」


「もう、私は絶対に参加したいんですぅ」


 上目遣いで俺を見上げて、祭りへの参加を懇願するミライ。


 どうしてこんなに必死になるのだろう。


 そんなに祭りが楽しみなのか。


 わたあめやたこ焼き、かき氷に焼きそば、金魚すくい等々。


 そういうことにミライは憧れているのか。


「そんなに参加したいのか?」


「はい! 絶対に私はこのお祭りに屋台を出したいです!」


「そういう意味の参加かよっ」


「誠道さんには屋台の店員として接客をお願いします」


「引きこもりに接客お願いすんな! 水と油だわ!」


 人とかかわりたくないからこっちは引きこもりになったんだぞ!


「接客業は、引きこもりが社会復帰する際にはじめる仕事ランキング断トツの最下位だぞ! ったく、もっと普通に参加するならまだ可能性があったのに」


 ため息混じりにつぶやくと、ミライが目を見開く。


「え? 祭りって、他にどんな参加の仕方があるんですか?」


「普通に祭りを楽しむ参加だよ! 浴衣着て、わたあめ買って、花火見てさ」


「すみません。誠道さんがそんなにバカな人だとは思いませんでした」


「ここまでの流れで俺がバカ呼ばわりされる理由がひとつも思い浮かばないんだが」


「お祭りに購買者として参加するなんて、バカ以外の何者でもないでしょう。逆に販売者として参加すれば、バカみたいに集まってきたバカなリア充が、バカみたいに高い値段で売っている食べ物をバカみたいに買ってくれるんですよ」


「俺と同じこと考えてたっ」


 腹黒い笑みを浮かべるミライは、さらにつづけた。


「しかも! カモに成り下がったリア充たちを、接客中ずっと鼻で笑えるんですよ。リア充を合理的に見下せて、売り上げを借金返済にも充てられる。誠道さんにとっても、これ以上ない最高の一日になるじゃないですか」


 思っていたのとだいぶ違う借金返済方法が提示されました!


 しかも俺にメリットしかない!


 リア充を笑い者にできるなら、参加する意味は大いにある。


「ミライさん。お主も悪よのう」


「なに言ってるんですか。ぼったくられる方が悪いんですよ」


「それ、自分がバカだって言ってるようなもんだよ」


 ミライさんの借金の中にも、ぼったくられたものがかなりありますからねぇ。


「調理とメニューは私にまかせてください。誠道さんは接客練習を」


「よしきた。じゃあ……ええー、ごほん。いいい、ひらっしゃりま、ませー」


「やっぱり他の人を雇います。人件費が削減できないとなると、借金がかさみますねぇ」


「ミライさん、そこは諦めないで」


 俺がミライの立場なら同じことを言っただろうけども!


 だって、あんな噛み噛みな挨拶する人を店員になんかしたくないよね。


 ああ、先が思いやれるなぁ。主に俺の。


 接客態度でリア充たちから笑われ、バカにされるのは俺だったりして……。

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