第24話 人身売買

 闇オークションの会場は、とあるお洒落なバーの地下だった。


 ミライが借金したお金――おいふざけんな――で闇ルートから購入していた招待状を、ダンディズムあふれる白髪のマスターに見せると、店の奥に案内される。


 そこからさらに階段を下りると、オークション会場が現れた。


「すげぇな。地下にこんな場所があるなんて」


 メインエントランスの奥にある重厚な扉を開けると、円形の舞台と、それを取り囲むようにして設置されてある客席があり、すでに多くの参加者で賑わっていた。


 ま、闇オークションなんだから、日の当たる場所では開催できないか。


 でも、地下にこんな広いスペースを有しているなんて、あのマスターいったい何者?


 俺とミライは並んで空いていた席に座って、オークションの開始を待つ。


 その間に、スーツを着た幼い男の子が「ご自由にどうぞ」と飲み物を持ってきてくれた。


 こういう子が働いているのも闇って感じがして、ちょっと怖いなぁ。


 ってか緊張するなぁ。


 俺はちゃんと魔本を落札してバラ色の未来を……下着の色はバラ色とは限らないから虹色の未来を手に入れることができるだろうか。


「誠道さん、鼻の下を伸ばしすぎです。オランウータンじゃないんですから」


「そんなわけあるか。俺はまごうことなき紳士だぞ」


「そうでしたね。へんたみちさん」


 畦道みたいに呼ぶなぁ! と俺がツッコもうとしたとき、会場が一気に暗くなって地鳴りのような歓声が湧きあがった。


 舞台がライトで照らされ、タキシードを着た人間が、円形の舞台とつながっている客席下の通路の奥から現れる。


 真っ白の仮面をつけているが、その背の高さと所作から男であることは判別がついた。


「みなさま、本日はようこそお集まりいただきました。私は、当オークションの司会を務めさせていただきます。クション・ジュンと申します」


 それから、クションさんがオークションの説明をしてくれた。


 まあ、特別なことはなにもなかったが。


 受付時にバーのマスターからもらった三桁の番号が書かれた札を掲げながら、前の入札者よりも高い値段を言うだけ。


 十秒間他の入札の声が上がらなければ、その時点で、最高価格で入札していた人が落札というシンプルなルールだ。


「誠道さん、大丈夫ですか? 引きこもりのあなたがこんな大勢の人の前で大声が出せますか?」


「へへへ、ヘイーキに決まままままままってるるだろ?」


「それ平気じゃない人の言い方です」


 なぜばれた?


 だけど、ちょうどいい困難じゃないか。


 壁は高ければ高いほどいい。


 それを乗り越えたとき、眼下には下着姿で歩く女性たち――想像もできないほどの素晴らしい景色が広がっているのだから。


「それではさっそく、最初の商品にまいりましょう! このオークションのトップを飾る記念すべき品はなんと! 赤ちゃんです!」


 どわぁああっと観客が盛り上がる。


 うわぁ!


 さっそく闇の部分が出てきたよ!


 人身売買って本当にあるんだな。


 かわいそうに。


「今回ご用意した商品ですが、残念ながら『バブゥ』としかしゃべることはできません」


「ええー」


「なんか拍子抜けだわ」


「それってただの赤ちゃんじゃねかよ!」


 落胆のヤジが飛び交うが、いや当たり前だろ観客たちよ落胆すな。


 赤ちゃんは普通『バブゥ』としか言わないからね。


「みなさま静粛に。普通の赤ちゃんを我がオークションで出品するわけがないことは、みなさまが一番ご存じではないですか?」


 クションさんの言葉で、観客のざわめきがしずまっていく。


 嵐の前の静けさってこのことを言うのかもしれない。


「わかっていただけたようですね。実はこの赤ちゃんはなんと! トップバッターにふさわしく普通の赤ちゃんではございません! 奇跡の赤ちゃんです!」


 クションさんの大きな声に、会場中がどよめく。


「我々が今回ご用意した赤ちゃんは、赤ちゃんとは思えない発育の早さがアピールポイントとなっております! 二足歩行も可能ですし、もちろん走ることもできます!」


「「「うぉおおおおお!」」」


 観客たちの歓声がオークション会場にこだまする。


 しかし、俺だけは冷静だった。


 だってさ……あれ?


 そうだよね?


 なんか俺、その赤ちゃん知ってるような気がするんだけど。


「さらに! この赤ちゃんは玉乗りもジャグリングもお手のもの。サーカスやショーの団員としてもご使用いただけますし、この才能あふれる赤ちゃんの親となって一生可愛がっていくこともできます」


 サーカスやショーの団員……あっ。


 俺は、あの日のことを思い出していた。


 真っ白が永遠に広がるだけのだだっ広い空間で、テンションマックスになって走り回り、子供思いの母親を一瞬にして金の亡者へと変貌させた、あの赤ちゃん。


 間違いない。


 オークションに出品されているのはあの子だ。


 母親が「サーカスに売り飛ばして……」と言っていたのを覚えている。


 でもまさか、本当に愛する我が子を売り飛ばしていたとは。


「さぁ、それではいよいよ商品の入場です!」


 会場がどんどんヒートアップしていく。


 なんだろう、心が痛い。


 俺よりも悲惨な境遇の転生者がいるとは。


 落札できるなら落札してやりたいけど、この熱狂。


 たぶん無理だろうな。


 せめて、優しい人に落札されることを願います。


「みなさま、その目を刮目させて、商品をご覧ください!」


 観客のボルテージが最高潮を迎えた後、通路の奥から頑丈な檻が係員に押されて舞台上へやってくる。


 割れんばかりの手拍子が巻き起こった。


 俺の斜め前にいるスタイル抜群、年齢不詳のマダムに至っては、「絶対落札するわぁ」と鼻息を荒くしている。


「「「うぉぉおおおおおおおおお!」」」


 そして檻が舞台の中央まで運ばれ、スポットライトがその中を照らした瞬間、鼓膜を突き破らんばかりの大歓声が湧きあがった。


 さっきのマダムも椅子の上に立ち上がって狂喜乱舞している。


 それもそのはずで。


 その中にいたのは、なんとオムツをはいたおじさんだった。


「そっちかよ! ふざけんな!」


 心配して損したわ。


 たしかに発育いいけども。


 走れるけども。


 そもそもこいつはおじさんで、赤ちゃんじゃないだろ。


 もしかしてオムツおじさんの固有ステータスの影響? 


「では、100リスズからのスタートです」


「2000万リスズ!」


「そしていきなり高すぎだろ!」


 しかも入札したのが若い男。


 どういう趣味なの?


「3000万リスズ!」


「なんでそんなに高騰すんだよ! 仮想通貨か!」


 間髪入れずに中年の女性が価格を塗り替える。


 いや、だから高すぎだろ。


「3200万リスズ!」


 先程の若い男がまた入札する。


「3500万リスズ!」


 つづいてミライの声。


「5200万リスズ!」


 初老の男性の声。


「7000万リスズ!」


 今度は小太りの貴婦人が割って入る。


 だからさ、なんでこんなに人気なの?


 異世界意味わからん。


 そして、このオークションに終止符を打つ声が響く。


「2億リスズ」


 斜め前のマダムが勝ち誇ったようにその値段を告げると、それまでの熱狂が嘘のように場がシーンと静まり返った。


「他にいませんか? 2億です。もういませんか? はい! 810番の方。2億リスズで落札です! おめでとうございます!」


 クションさんが叫んだ後、会場が歓声で揺れた。


「なんじゃこりゃああああ!」


 その歓声に紛れて、俺は思いのたけをストレートに叫ぶ。


 どう考えてもおかしいよね。


 なんでオムツおじさんがそんなに高いのさ。


 世界には俺の知らない需要と性癖があるんだなぁ。


「……ってかなんでミライが入札してんだよ!」


「はっ! すみません。テンション上がってほしくもないのに、つい……」


 ああ、このオークション、絶対落札できないよぉ。


 だって初っ端から2億だもん。


 女の子の下着姿が見放題とはいえ、2億は……いやぁ、悩むなぁ。


 あと全然関係ないけど、落札者であるスタイル抜群の美人マダムを見たオムツおじさんが、ダンディに笑ってガッツポーズしたのなんかムカつくんですけど。


 それって俺の心が狭いだけですかねぇ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る