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「外部の犯行ではないと?」

「うちとしてはそう考えている」

 ワルターの言葉を受けて、サイは再度思考を巡らせる。イズール商会、ひいては今まで関わった関係者に違和感はなかったか。


 そもそも考えてみれば、ゲトという男が子供を見失うような抜けた男であるということ自体、違和感があった。であれば誰が何を隠そうとしているのか、サイとしても考え直す必要が出てくる。


「今回の小さな事件にイズール本人が関与しているかどうかは分からん。だが、情報の伝達に関する手回しの良さを考えれば、これが重大な何かに繋がっていたとしてもおかしくはない。それにイズールは抜け目のない男だ、導師殿を呼び寄せた事すらも、何か裏があるやもしれぬ」

 クエルは手癖のように己の髭に触りながら、サイの反応を窺っている。クエルが対面時にサイに向けていた訝しげな視線は、サイの行動にも疑心があったという事なのだろう。


「そして、話の中心にいるゲトが鍵を握っている、か」

「あぁ、導師さまはあいつの出身をご存知で?」

 外の様子を窺うように、扉の傍に立っていたワルターが口を挟む。


「ゲトの?」

「えぇ。あいつは黄金の瞳を持つ子供を実際にこの街に連れてきた張本人だ。それもイズールの金貨を使って。どうやって一使用人である男がイズールに金貨を出させたのか、分かりますかい?」


「何かあるのか?」

「へい。あれは元々帝国から流れてきている。理想を追い求め長らく苦難の道を歩んでいたイズール商会に、煌めく彗星の如く現れて、イズール商会の核となる部分へと納まった男。知を持つイズールが、武を持つゲトという男を得た。両輪が揃った事で、イズール商会は目覚ましい発展を遂げている」


「それが、今回の事にも繋がっていると?」

「あるいは、何かとてつもない事を起こそうとしている前触れという可能性も、ね」

 ワルターの神妙な顔は、危険な橋を渡っているということを自覚しているようであった。クエルは話を聞きながら瞑っていた眼を開くと、意を決したようにサイに問いかける。


「君はイズールの思想を聞いたかね?」

「世界に金貨を巡らせる……金貨とは、人か」

「そうだ。私はそれを言っている奴の顔を見た時、恐ろしいと思ったよ」

「恐ろしい?」

 サイはクエルの言葉が意外であった。商売人である以上、言ってしまえば同じ穴に住まう者同士だ。イズールは長い時間を掛けて緩やかにでも世界に変革を起こそうとしている。その理由がサイにはどこか分かるような気がした。


 そしてその覚悟も。だがそんなイズールの事が恐ろしいとクエルは言う。サイが感じ取れぬ部分がクエルには見えているのかもしれない。


「導師殿も気を付けられよ。今回の件についてアリーシが邪魔をする気はない。導師殿の眼で真実を見つけられよ」

 その言葉を放ってからクエルは席を立つ。サイに背を向け、話が終わったというようにその後に続く言葉はもうなかった。


 ワルターももう言う事は何も無いようで、サイを見送る為に帰りの扉を開く。


「助かった、失礼させてもらう」





 * * *





「本当に帰しちまって良かったんですかい? 例の予告は今晩ですよ。導師さんに協力を仰いでもよかったんじゃあ……」

「いや、いい。あと一日早ければ、もう少し知れたのだろうがな。どこまであれの息が掛かっているのか分からぬ以上、信用できるのはお前だけだ。ワルター、何かあったら後は頼む」


「俺がいるんです。簡単にはやらせやしませんよ」

「あぁ。……しかし、どうしてこうなってしまったのだろうな。何もかも今更、か」

 一つ、また一つと部屋の灯を消してゆくクエル。

 クエルとワルター、二人の姿は窓の外から覗き込む夜の帳に紛れ隠されてゆく。そこには最初から何もなかったかのように、ただ唯一の静寂だけが残った。




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