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「詳細は分かった。だが、話を聞いていて少し気になった事がある。子供を見つけて保護をするという依頼は本当に合っていたのか?」
サイはイズールの一種の狂気にも近い理想を聞いて、単純に一つの疑問を抱いた。金貨一枚に己の命を賭けられるイズールが、その一欠片でもあるアルマという存在を簡単に手放すとは思えなかったからだ。
「その点については導師殿と我らで少し誤解があるようだ。アルマの持つ邪眼が我らの手に負えないものであれば、言ったとおりに保護を願いたい。だが、邪眼には力の格差があると聞く。先ほどの前提としては、俺達がアルマの力を制御できなかった時の話だ。是非の判断は全て導師殿に委ねよう」
イズールの猛る激情は、サイと話をしているうちに次第に冷静へと戻ってゆく。
「なるほど。委細承知した」
サイは邪眼についての知識を持っている。勉強は得意な方ではなかったが、邪眼についてはあまりにも特異な話であったから今でも強く印象に残っている。
「そもそも黄金の瞳というのは、ルード帝国初代皇帝の血が影響している。傍流のどこかで血が入り、アルマという子が生まれた時に古からの血が覚醒したのかもしれない」
「……それは大層な話だな。あまり吹聴せぬ方が良い」
サイの口から唐突に飛び出した情報に、イズールは眉を顰める。
「全て与太話で済まされて誰にも信じては貰えんさ。で、俺は子供を探す手伝いをすればいいのか?」
「ふむ。そうだな……」
イズールは思案の表情を浮かべた後、手を上げてニーナを近くに呼び寄せる。
「一度ニーナと一緒にリーウの街を見て回ってほしい。俺達が見落としたものが導師殿の眼であれば見つかるかもしれぬからな。当面の間はここを拠点に使ってもらって構わない」
サイは近くに来て頭を下げた女性をあらためて見る。目を引く薄い金色の髪は肩口で揃えられていて、輝く蒼い瞳はグアラドラにいるサイの友人を思い出させる。
「お嬢さんと?」
「アリーシ商会の連中が動いているなら、外であまり顔が知られていない人間の方が良いだろう。細かい連絡は逐一ゲトが行う、上手く連携を取ってくれ」
イズールに紹介されたニーナという女性は、朗らかな微笑みをサイに向ける。
「よろしくお願いいたします。導師様」
「あぁ。……よろしく頼む」
* * *
「ありがとうございます。導師様」
「どうした?」
サイとニーナはリーウの街を歩きながら、消息の知れない幼子アルマの手掛かりを求めて彷徨う。その道すがら、突然ニーナに感謝の言葉を言われたことにサイはおやと思った。言葉の端から漏れ出る感情は、只の仲間意識だけではないように見える。
「アルマの事で手助けをして下さる方が、イズール様の他におられるとは思っていませんでしたので」
「ふむ……変な事を聞くようで悪いが、貴女はアルマとやらと仲が良かったのか?」
「分かりますか?」
「貴女がアルマの事を話す時の目は、とても近しい存在、例えば肉親に向けるものとよく似ている」
「……」
サイの言葉に息を呑むニーナ。身なりや佇まいだけを見ればニーナは上流階級の人間だといっても差し支えがない。であればこそ、そのような人間がイズールの所にいるという時点で常人には想像の出来ない人生を送っているということが分かる。
ニーナは足を止めるとサイを見つめて、間を置いてから口を開いた。
「あの子は……アルマは純粋で、とても優しい子です。特別な瞳の事がなければきっと幸せな人生を歩めたのでしょう。……それに、アルマを見ていると離れ離れになった妹の事を思い出すのです」
ニーナは意を決して言葉を紡ぐ。そこにあったのは悲哀と同情。あるいはそこで生み出されし親愛。環境が全てを決定してしまう残酷な世界に生きてきたニーナにとって、アルマという存在は、諦念の続く世界に芽生えた、希望でもあるのだろう。
イズールがサイの供としてニーナを選んだ理由が、彼が語ったところ以外にもあったことを、サイは知る。
「妹か……」
「イズール様も、ゲト様も、アルマを必死で探して下さっています。でもあの子は何度夜が明けても帰ってこない。本当に身勝手な期待を導師様に寄せてしまっているのは分かっています。でも、今この時も、もしあの子が危険な目にあっているのならば、一刻も早く救ってあげたい」
「話していなかったが、俺には少しばかり特技があってな。こういう時とても鼻が利くのさ。まずは疑惑の大本命から臨もう。アリーシ商会とやらに案内をしてくれ」
「アリーシ商会に、ですか?」
「あぁ、遠回りをしていても始まらん。手っ取り早く情報を集めようじゃないか」
サイは自信に満ちた表情で、ニヤリと笑う。
どんなに不条理であろうとも。どんなに理不尽であろうとも。悲しかろうが、寂しかろうが、世界は続く。ならばサイはそれよりも速く、目的地へと進むだけだ。
サイの胸の内に芽生えたのは、これだけ想われているアルマに、早く会いたくて仕方ないというものであった。
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