陰謀の解明

王の誘拐未遂事件の数日後の5月の朝、ユーグリッドは海城王の墓がある庭園で自分を襲った刺客について考えを巡らせていた。


何故自分は狙われたのだろうか? 考えられる理由はいくらでもある。だが候補がありすぎて逆にどれが正解なのかわからなかった。


(俺は海城王を殺したことで人から恨まれているし、王という高い位にも就いている。そして俺には俺を守ってくれるような後ろ盾も全く存在しない。今までの1ヶ月間付け入られなかったほうがむしろ不思議なくらいだな)


ユーグリッドは改めて自分の立場の危うさについて実感する。王の座に就いて以来、自分の命が休まる時などなかったのだ。


朝の湿ったそよ風が吹き、そろそろ夏の季節が訪れようとしていた。その季節の節目の中、ユーグリッドは先日父ヨーグラスの遺志を知ったことを切っ掛けに、自分自身も変わろうとしていた。


(俺は、本当の王になりたい。誰からも認められるような父上のような王になりたい。人から忌み嫌われるだけの、ただの張りぼての王のままでいるのは嫌だ。


認めさせてやる・・・・・・絶対に認めさせてやる! 臣下たちにも領民たちにも、覇王にだって、皇帝にだって、俺がアルポート王国の王としてふさわしい男だと認めさせてやる!)


ユーグリッドは野心を燃やし、双眸を決意の炎で滾らせた。だがそれは若い勢いだけの理想であって、今のユーグリッドには力がなかった。それはユーグリッド自身も十分に痛感していることであった。


(だが、今の俺自身に力はない。ならばまずは俺に従う味方をつけねばならぬ。強い味方をつけて、俺自身の権勢も大きくせねば。本来王を守るべきアルポート王国の衛兵にすら裏切られたのも、結局は俺自身が弱いせいだ)


そこでユーグリッドは襲われた先日の夜の出来事を思い返す。


衛兵が10人、鉄壁のアルポート王城に刺客として忍び込ませたにしては十分な数だ。だが衛兵とてそれなりに身分の高い者だ。そう安々と寝返るとは思えない。それを10人も寝返らせたということは、刺客を放った人物は相当に位の高い人物だと予測される。


(それに不思議なのは、俺を殺すのではなく俺を誘拐しようとしていたということだ。首謀者は俺を生かすことで何か俺に価値を見出そうとしていたのか?)


そこでユーグリッドは犯人の特定を試みる。アルポート王国で位の高い者、それは大勢いて目星がつかない。結局誰が誘拐を企てたのかますますわからなくなる。やがてユーグリッドの頭は熱くなり、思考は堂々巡りを始めてしまう。ユーグリッドはそこで一旦冷静になり、考えの方向性を改めた。


(・・・・・・現状、犯人の特定をするには情報が足りなさすぎる。これ以上考えても徒労に終わるだけだな。やはり事件の真相を推察するためにはもっと情報を集めねば)


そこでユーグリッドはおもむろに顔を上げて叫んだ。


「ユウゾウ!」


「はっ!」


ユーグリッドの掛け声とともに庭園の木の上から鎖鎌の男ーーユウゾウ・カゲマルが現れた。先日の夜ユーグリッドに忠誠を誓って以来、常にユーグリッドの傍でシノビとして仕えている。今は黒装束の変装を解き、召使いの格好をしていた。


「死体の検分はもう済んだか?」


「はい、ユーグリッド様」


海城王の墓がある中庭で、ユウゾウが跪いてユーグリッドに答える。


この中庭は既にユーグリッドが人払いの命令を出しており誰も寄り付かない。死角になるような場所も、ユウゾウが現れた一本の木の陰以外にはなく、盗み聞きをされる心配もない。そして万が一に備え、常にシノビ衆が庭園周りの城壁に登り見張りを続けていた。密談をするにはうってつけの場所であった。


「何か首謀者を特定できるような物品はあったか?」


「いえ、申し訳ございませんユーグリッド様。何もありませんでした」


ユウゾウが低い声で答えを返し、詳細を述べる。


「先日ユーグリッド様を襲った刺客についてですが、衛兵の装備以外は特に怪しいものは見つかりませんでした。せいぜい縄と猿轡を全員が携帯していたぐらいです」


「そうか。そんなものを全員が持っていたということは、やはり俺を誘拐する気だったのだな。首謀者も相当手抜かりのない奴のようだ」


ユーグリッドは手掛かりがなかったことに少し落胆したが、すぐに気を取り直す。流石にそう安々と襤褸ぼろを出す相手ではないようだ。


首謀者は高い位の者であるということは、それなりに知性のある人物だということだ。仮に雇った衛兵が誘拐に失敗したとしても、証拠になるようなものは残さないだろう。


(だとしたら、手掛かりとなるのは衛兵の名前だけか)


ユーグリッドは襲撃の夜に衛兵が叫んだ言葉を思い出す。


『レボク殿がやられたぞ!!』


これはつまりアルポート王国の衛兵の”レボク”という名前の男が誘拐の陰謀に参加していたということだ。”殿”という敬称で呼ばれており、彼の者たちが姿を現した時にも一番にユーグリッドの前に立った。その男は『誰か縄を持ってこい! それと猿轡もだ!』と仲間の衛兵たちに命令を下しており、レボクが刺客の衛兵の長であったと見て間違いはないだろう。


衛兵の長、つまりそれは警備隊長だ。そして残りの衛兵たちもユウゾウを素早く取り囲んだ統率力を鑑みれば、レボクの部下だったと見て間違いないだろう。適当に集められた烏合の衆ではないということだ。


そして今レボクの部隊は全滅してるはずであり、死体を片付けたシノビ衆たちの手によって行方不明扱いになっているはずだ。


(警備隊長のレボク、それが誘拐未遂事件解明の糸口だろう。その者について、よく調べてみる必要があるな)


ユーグリッドは結論してユウゾウに命令を下す。


「ユウゾウ。俺は政務室に行きレボクの素性について調べてみる。お前たちも引き続き誘拐事件の調査を続けよ。今日の夜11時にまた会おう」


「はっ!!」


そしてユーグリッドはユウゾウとともに海城王の墓を後にした。

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