ヒント

「どうもこんばんは。坂東君、ブレンド貰えるかな?」


 目をしぱしぱさせながら正延さんがカウンター席に腰を下ろした。閉店前の十八時半過ぎ。もう店にお客さんはいない。ここは駅から離れた住宅街のため、昼間来る近場の客の方が多い。


「あら、十日ぶりぐらいです? 仕事お忙しいんですか?」


 マスターはコーヒーを淹れながら問い掛けた。私にはもうお客さん来ないだろうしCLOSE出して、と店を閉めるように指示されたので、札を引っくり返し、ロールカーテンを下ろす。


「うん、そうですね。まあ事件なんて昼夜関係ないですから」


 マスターの淹れたコーヒーを満足気に飲むと、私を見る。


「……円谷さん、君に聞きたいことがあるんですけどね」

「はい」

「李さんの件なんですが、犯人の顔を見たとか、何か死ぬ前の様子とかで覚えていることはあるんでしょうかね、彼は?」

「さあ、どうなんでしょう。ご本人は昔過ぎて記憶がないところも多々あるので……あ、李さん、ちょっといいですか?」


 私が奥のテーブルでジバティーさん達と話をしている李さんを手招きした。どんな心境の変化なのだろうか。正延さんがジバティーさん達の話題を出したのは、初めて会って説明して以来である。



『どしたヨ小春さん?』

「刑事さんが、事件のことで何か覚えていることはないか、って」


 カウンター席までやって来た李さんは、うーん、と首を捻る。正延さんは虚空に話しているように見えるであろう私を眺めながら、相変わらず読み取れない表情をしている。


『そう言われてもネ……厨房で掃除して、ゴミ出しして、最後に店で売り上げの帳簿つけてましたネ。いつもみたいに伝票みながら電卓叩いてたら、いきなり頭の後ろにガンッ、と来てそれきりヨ』


 私は説明し、「だそうです」と正延さんに申し訳なく思いながら告げる。


「ふむ、そうですか。……いや、普通いきなり襲われたらそうですよね」

「……あの、事件の件、調べて下さったんですか?」


 私は恐る恐る尋ねた。


「まあ、今の事件のついでですがね。……これはここだけの話にして欲しいんですが、同一犯ではないかという事件が、李さんの事件とは別に数件ありましてね。つい最近起きた強盗殺人事件も類似性が高いんですよ。指紋などの目立った証拠もなく、首を紐で締めるか頭を鈍器で殴って殺害し、金だけ取って短時間で現場を後にしている。それも被害者が日本に住んでる中国人ばかりです」

「まあ。それじゃ、李さんを殺害した犯人がまだ懲りずに犯行を犯しているかも知れない、っていうことなのかしら?」


 マスターがカウンター越しに身を乗り出す。


「まだ可能性の話ですよ。……つい先日亡くなった林(リン)さんも、長いこと日本に住んでいて、中国茶の卸をしている方だったんですがね。聞き込みしても全く悪い噂も出て来ないし、さっぱり手掛かりがなくて。少々お手上げ状態という感じです。──はは、いや民間人の方に弱音吐いてる場合じゃないんですけどね」


 横で黙って聞いていた李さんが、林さんの話になった辺りで、ん? という顔になった。


『……中国茶を扱ってる林さんて、まさか林(リン)浩一(コウイチ)さんじゃないネ? ハゲてるけど体ががっしりしてて、顎のとこ大きなホクロある人。あと柔道やてたから耳が餃子みたいになってたヨ』

「え? 李さんのお知り合いですか?」

『その人だったら知ってるヨ』


 私は驚いて李さんを見た。正延さんが「いきなりどうしました?」と私を見る。


「あの……その林さんて方、大柄で顎に大きなホクロがあって、耳が餃子みたいになってたりしますか? 柔道やってたそうなんですが。もしそうなら、李さんのお知り合いの方かも知れません」

「円谷さん! 本当ですかっ? どのような関係か聞いて下さい!」


 すごい勢いで立ち上がり、私の二の腕をガシッと掴む正延さんを見て、ああきっと身体的特徴が合ってたんだろうな、と思った。


『……どんな、というか、友達だたヨ。麻雀友達ネ。休みの日とかしょっちゅう打ってたよ。そうですか、あの人も亡くなったカ。ビールを良く差し入れで持って来てくれたし、陽気でイイ人だったネ』

「ああ、麻雀ですか」

『そう。妻の弟が雀荘やってたヨ。今もやってるか分からないケド。その店良く使ってたネ。場所は覚えてないヨ、ゴメン。あと、身内同士でお金ちょっと賭けてたネ。でもせいぜい点ゴか点ピンだけど。刑事さんに悪かった伝えて欲しいヨ』


 私は李さんから聞き取った情報を正延さんに教えた。点ゴも点ピンもやらない私からすれば意味不明だったが、正延さんは理解出来たようだ。要するに、箱という自分の点数を全部取られて負けの状態になっても、点ゴなら千五百円、点ピンなら三千円負け、ということらしい。本来は賭け麻雀は違法だが、身内や友人同士の麻雀などでは良くあることだそうで、大目に見ているものであるらしい。まあ警察だって事件も沢山あるし、そんな身内や家庭内の細かいお遊びにまで目を光らせるのは難しいだろう。


「なるほど、麻雀か、盲点だった。……これは本当に……」


 手帳に書き込みをしながら正延さんが何か呟いていた。真剣な様子に、李さん達がいる件は信用して貰えたのだろうか、と期待した。


「それでですね正延さん、そろそろ私の信頼的なものは──」

「いや円谷さんありがとう! 大変参考になりましたよ。あ、ここにお勘定置いときますね。もう帰らないと。ご馳走さま!」


 慌てたように立ち上がると正延さんは出て行った。


「──一方的な情報搾取ではないですかこれは。ねえマスター」

「まあまあ、怒りなさんな。捜査のヒントになったんならいいじゃないの。事件が解決すれば、李さんだって成仏出来るかもだし」

「それはそうですけども」

「ほら、それよりも動画待ちの方々がいるじゃないの。私もご飯作るから準備してあげて」

「……そうでした」


 私はマークさんに見たいものを聞き取り動画を再生しつつも、私の社会的信用はどうなるのか、というのが気にかかって仕方がないのであった。




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