意外な関係性

「……うーん、君、どこかで見たことある気がするんですよね。どこだったかな……」


 私とマスターが刑事さんから少し話を伺いたい、と職質された時に、オプションパーツが変態仕様のマスターは、まず不審者という印象を払拭せねばと考えたらしく、慌ててマスクを外した。そこで刑事さんのこの台詞だ。少し考えても思い出せないようだったので、私は勇気を出した。


「あの、実は刑事さんにこちらも少々お伺いしたいことがありまして……それにはまず事情をお話ししないと、多分分かって頂けないと思います。こんな夜の公園でお話しするのも何ですし、こちらの方は近くでカフェを経営しておりますので、まずはそちらへ行ってコーヒーでもいかがでしょうか? マスターのコーヒーはかなり美味しいです」


 マスターは私に、何を言ってるの、という驚いた顔を見せていたが、どうせ職務質問されたら、遅かれ早かれ個人情報はバレるのである。やましいことがないのであれば、さっさとこちらの陣地に引き込んだ方がいいに決まっている。──やましいというか、存在自体が胡散臭いと思われるのはもう昔から嫌というほど経験済みだ。ならば、せめて誠意を持ってこちらの現状を伝えるしかないではないか。私達が近所の住人であることが分かれば、少しは不審者認識も改めてくれるのではないかという儚い希望である。


「……うん、まあそちらがそう仰るんなら。あ、でもコーヒー代は払いますよ。公務員なんで、賄賂的な問題になるとアレだから」

「あ、はい。お気遣い痛み入ります」


 ただ泉谷さんを探しに来ただけなのに、何でうちの店に刑事が来る羽目に、と思っているのがありありな涙目のマスターをせかして、刑事さんをぱんどらへ案内した。こんなことになる原因を作った泉谷さんは、『ワシは先に戻ってるから。すまんな小春、ほな頼んだで』などと言い先に早足で消えていた。何がほな頼んだで、だ。大学卒業したての小娘に全責任をおっかぶせて行くんじゃない。


 店の前に到着して、マスターが鍵を開けていた時に、店の名前を見て「あっ!」という刑事さんの声が夜道に響き、私はびくっと肩を揺らした。


「君、そうだ! 武蔵野のレオンだ!」

「む、武蔵野のレオン?」


 誰だそれ、と思いながら、マスターが開けた扉から刑事さんを入れ、店の電気を点ける。ジバティーさん達は四人で固まっていつもの奥のテーブルに座っており、ワクワクした様子で黙ってこちらを眺めている。

 刑事さんはコートを脱いでカウンター席の椅子に座り、コートをその横に置くと、いやあ思い出した、良かった良かったと一人で頷いていた。


「もう十年位前だったか、何人ものストーカーに付きまとわれてた子だよね君。ほら、不法侵入で逮捕した女性もいたっけ。ナイフで襲って来た子もいたよね確か。正直、男がストーカー被害って何だよ、ってうちの課で笑ってた奴もいたけど、顔を見たら『……ああ、ありゃあ付きまとわれても仕方ないよなあ』って全員納得してたよ。あの時は本当に大変だったね。。未だにすごい男前だけど、今はもう平気なのかい?」

「……あら、あの時の担当の刑事さんだったんですか? ええ、家族と相談してオネエ偽装することにしたら落ち着いた感じです」

「そっか……男のストーカーも暴力事件になることが多いし、女性には恐ろしいもんだと思うけど、女のストーカーは肉体的に弱者って立場を利用して動くから、結構狡猾で陰湿だったりするんだよね。こっちも騙されやすいし。あの事件ですごく勉強になったよ。あれから女性ストーカーの被害もうちの所轄では力を入れるようになったしね。──坂東君、だったよね? のお陰でもある。君には災難だったけどさ、本当にどうもありがとう」

「頭下げないで下さいよ、嫌だもう。……まあ、あれもその後の別の被害者の役には立ったのなら、まあ良かったと思うしかないですわね」

「私らも、精神科の通院歴もないような子が、めそめそ泣きながら無理やり襲われたとか言うし、こちらも正直信じかけたよ。でもご両親から話も聞いていたし、窓に明らかな侵入形跡もあったしね。嘘だとバレてからのふてぶてしさが本当に怖かったよ。男前になりたかったと昔は思ってたけど、程度問題だなと思ったよ。ほどほどが一番だ」


 この刑事さんとは価値観が合いそうだ。話を聞いていて私は心の中で握手を交わしていたが、さっきから気になっていたことを尋ねた。


「あの、武蔵野のレオン、って?」


 刑事さんは私から話し掛けられて、ああ、と苦笑した。


「申し訳ない、これ署内で言ってただけなんだけど、うちの女性署員がね、参考聴取で署に来た坂東君見てさ、ほらハリウッドスターのレオン・デニーロって言う有名なイケメン俳優がいるだろう? あの人みたいですねー、って話になって、じゃあ武蔵野のレオンだな、って。ゴメンね坂東君、何度も君に絡んだ事件があったし、その方が署内では通りが良くてさ」

「……ああ、なるほど」


 その俳優は映画を何本か見ており私も知っていた。正直なところ、多分マスターの方が造形学的には上だと思うが、洋風イケメン枠というくくりで言えば同じなのかも知れない。


「複雑だわ……あんな有名人と一緒にされても。あ、こちら私のお勧めのブレンドです、よろしければどうぞ」


 マスターがため息をついてカウンターに置いたコーヒーの香りに笑みを浮かべると、口に含んで「うまいね」と呟いた。刑事さんもコーヒー派らしい。なかなか落ち着いて本格的なコーヒーを飲む時間もないようで、暫くマスターと雑談をしながら堪能していたが、ふと思い出したように「ところで」と私を見た。

 ちなみに刑事さんの名前は正延(まさのぶ)豊(ゆたか)さんと言うらしい。名刺を貰い、どっちも名前みたいで面白いなあと考えていたら、いきなり本題をぶっ込まれた。


「さっき、公園で聞いた話なんだけどね。あれはどういうことなのかな」

「あ、ええと、ですね……」


 マスターの昔巻き込まれた事件の担当ということで、被害者であるマスターに関しては人間的な信頼が生まれたかも知れないが、私は無関係なただのバイトである。信頼度ゼロである。ちゃんと話が伝わるか甚だ疑問ではあるが、ここは信用を得ねば話が進まない。


「──ユタ、というのをご存じですか?」


 結局、奄美から出てきても、この話をするしかないのか、と諦めのような気持ちで、私は正延さんに説明を始めるのだった。




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