第2話
西の洞窟。
シザルドシティの西の街道沿いにある、少し深い森の奥。山へと続く麓の森に、それはあった。洞窟内を川が流れ、暗闇であやまって川に足を取られると、結構な深さと水流で、おぼれかねないという洞窟だ。もちろん、水があるせいか魔物も決して少なくなく住み着いており、近所の街や村の人間は、おいそれと近づかない場所である。もっとも、洞窟内から外へと川は続いているため、わざわざ中に入る必要がない、という部分でもある。
そんなところに出向くのは、のんきな冒険者志望の若き少年、レツと、はっきりいって知名度も実力もトップクラスと言い切れる平穏を望む冒険者のショウという、二人組みのでこぼこコンビだ。
レツの腰にはショートソード、手には赤い魔法石のついた短めの杖。そして背中にマジックバックと言われる特殊な空間魔法を施し、見た目よりも物が入り軽いナップザックと、腰横に同じ種類のポーチが増えている。ちょっとだけ短めのマントを羽織り、手足は肌の露出を抑えて足はしっかりとした皮のブーツを履いている。いわゆる、駆け出し冒険者、という格好としては合格だ。
対するショウは、腰に一本、身長に合わせているのであろう、青と金の魔法石をあしらった、不思議な雰囲気の長めの剣を佩き、マジックバックをひとつ背負っている。もちろん、ポーチもついていた。羽織るマントは身長もありだいぶ長いが、裾をするような長さではない。レツとは違いベルトやマント止めなど各所にいくつか、魔法石や刺繍をあしらってあり、何やら色々な付加効果を付けてありそうだ。
往復でもせいぜい3日程度の距離だし、それほど大荷物は持ってきていない。なにより冒険の基本は、物を少なくすることである。そういう意味で言えば、二人の格好は冒険者としては典型的なスタイルだ。街道沿いを途中まで、通りの馬車に乗せてもらい、森の近くで降りた後に元気いっぱい、歩いて暫く。
「ねねね、ショウ君」
ショウより数歩先を、上機嫌で進むレツは、ふと気が付いたように振り返り首を傾げつつ続けた。
「そういえばさ、ショウ君、何で旅してるの? もう、結構長いよねぇ」
「あー……まぁな」
言われ、ふと、こちらに立ち寄った理由を思い出してショウはやや苦笑をもらす。
「ホントは、俺はのんびり暮らすほうが好きなんだけどなー……」
つぶやくように言って、遠い昔冒険者にあこがれた時代のことを思い出す。そして、憧れだけで冒険はできないと、痛感したあの日。
「少なくてもさ、僕と最初に会ったとき……えっと、確か僕が5歳くらいの時だから……6年位前の時は、もう旅してたよね~」
「ああ」
ふと、レツは思ったことをショウの顔を覗き込みつつ聞いてみた。
「てことはさぁ、ショウ君ひょっとしてもう、いい年?」
「っ!?」
「あ、やっぱりそうだ。見た目大分童顔だと思うけどー。最初にあった時とあんまり変わってないよね。ねね、実際ショウ君何歳? いつから、なんで旅してるの? ねえねえー」
ニコニコしながらそう聞かれ、ショウは途方にくれた。実は、一番突っ込んできて欲しくなかったことでもあったわけで……
「ねえー。30歳前くらい? けど、20歳ちょい上って位にしか見えないんだよねえ……若作りってやつ? でもあの当時そのくらいって考えると~~~」
「79歳。」
「えっ!?」
「はは、冗談だ」
「あぅ、もー。そりゃ、80前には見えないけど……でもでもー」
「まぁ、旅はレツが生まれるより前からしてる、とだけ答えとくかなー」
にやりっ、と笑ってショウは言う。
「ふーん……やっぱ長いんだ~。ってことは、それなりに目的とかあったりするの?」
「ああ。そりゃ、な。できれば俺はのんびり、好きな研究でもして暮らしたいんだが……」
周りもほっといてくれそうにねーけどな、とは、口に出すのは控えた。
「と……レツ、前見ろ前」
ちょろちょろと周りに気を取られてばかりのレツに、そういって目的のものが見え始めてきたことを教えてやる。
「え……うわー! ついたー!!」
†
洞窟は、外が明るいせいもあり、覗き込めば何も見えないほどに暗かった。
「とりあえず、日も傾いてきたし……この辺で今日は休むか」
そう、ショウが言う。
洞窟の奥からは、魔物の気配もするが……外に出てまではきそうにない。川もほど近いし、野宿するには問題ないだろう。
「えー、行かないの?」
やや不服そうにレツが言うが、ショウはきっぱりと、今日はここまで、と言い切った。
「奥までの距離もわかんねーけど……それなりに深そうだからな……休める時に休んどくのも、冒険の常識さ」
にっ、と笑って、その代わり、これから野宿の仕方も教えてやるよ、と、レツの頭をぽんぽんとなでる。
「冒険者になりたいなら、今後絶対必要になるから、覚えとけ」
「はーいっ」
「じゃ、まずは食料!」
手持ち以外の食糧の調達、簡単な水の蒸留の仕方や、いい薪の見分け方、薪の組み方。森にある草のちょっと便利な利用法。
そんなことを一つ一つ教えていくうちに、ふと気が付けば、空はもう暗くなってしまっている。食事をとり、寝床を整えれば、レツはもう初めての冒険への期待と疲れから、うとうととし始めてしまった。
「むぅー……明日は中行くんだよね?」
眠い目をこすりながら、ショウに聞く。
「あぁ。ゆっくり休んどけ」
苦笑をもらし、ショウはレツの頭をなでた。
「おやすみぃ…………」
おとなしく目を閉じるレツを見ながら……昔の自分を思う。
夢や理想だけでは旅など続けてはいられないと……まだ知らなかった時の自分。
彼女に……出会う前の自分…………。
規則正しいレツの寝息を確認し、しっかりと風邪をひかぬようにかけ布をかけてやり、ふと、ショウは空を見上げた。
「…………」
細い月。今にも消えそうな。
ショウは、小さくため息をついた。
「――……聖…………」
呟きがもれる。
誰に聞こえる事もない呟きは、夜の闇に溶け消えた……
†
ぴちゃん
どこかで水音がする。
明るい外から入った時は、真っ暗で何も見えないように思えたのに。
レツはぐるりと辺りを見渡した。
目が慣れてしまえば、周りに生えている光苔で十分明るい。
深さはわからないが、そこそこ流れが早そうな川が洞窟内を流れているため、その脇の、水が浸食していない地面をゆっくりと進む。万一水に足をとられたら、どこまででも流されてしまいそうだ。
外は暖かかったというのに、洞窟の内部は冷たい。そのせいか、水もまるで氷のように冷たく思う。
「レツ、気をつけろよ」
ショウが、小さく光苔を削って印をつけながら、そうレツにいった。いざという時に帰り道がわかるように、印をつけているのだろう。
「大丈夫、川の方はいってないから」
言いつつ、もう一度川を眺めた。……が。
「いや――そうじゃない、それもだが……奥から気配がする……何か、いるぞ」
どきりと、レツの心臓が高鳴った。
魔物。
町の外に出れば、運が悪ければ遭遇する事もある、異形のもの。
「……魔物……?」
小さな声で問い掛ける。
ショウは、行く先をしっかり見据えたままで、さぁな……と、寧ろ肯定の響きの強い声色で呟いた。
ぎゅっ、とレツの体にかすかな緊張が走る。
遠い昔……神と魔王は長い長い戦いをしたと伝え聞く。その際に、神も魔王も互いに力を分かち、眠りについたと言われている。そしてしばらくの後、眠りについていた魔王の欠片のうち1体が目覚め……神様の欠片たちが何とかそれを抑えているのが現状……らしい。真偽の程は確かじゃない。どこにでもある、誰でも一度は聞いたことのあるおとぎ話のようなものだ。
だた。
その二つの力が交錯し、戦っている力の余波で、この世界の魔物は生まれたといわれている。
そのくらい、レツだって知っていた。神と魔王の戦いのお話は、小さい頃から物語として、何度も聞いて育っているのだ。
そして……戦いの余波から生まれた魔物は、戦いを好む生き物である……ということもまた、聞いて育っている。
「……来る!」
ショウが言いつつ、長剣を抜き放つ!
ぎぃんっ!
音とともに一瞬生まれる光。それがショウの剣と魔物の爪が生み出したものであると理解すると同時に、レツは悲鳴をあげていた。
「っわああああ!」
戦いなんて経験が有るわけがない。
誰だって、最初は初めてなのだ。
そう……俺だってそういう時期があった。
ショウの脳裏をそう、遠い記憶が掠める。
「っ、レツ!」
強い声で叱咤の声を飛ばす。
怖い。
コワイ。
こわい!
レツは初めて間近で見る魔物に恐怖を隠し切れないでいた。
異形のもの。
聞いたことはあった。
絵本ならば読んだ。
でも。
こんなに間近で見るのは初めてだった。
背の高いショウの、さらに倍はありそうな背丈。レツの頭など軽く吹き飛ばしそうな手に、3つのかぎ爪。巨大な尻尾のようなもの……そして、血のように赤く大きくぎらつく眼!
「っ、レツ!」
がぁんっ! とかぎ爪をはじき飛ばし、ショウが叱咤の声を上げる。レツは、ぎゅっと、こぶしを握り締める。
ロッドを構え、一呼吸。震える喉を励まして呪を紡ぐ!
「光よ!」
かぁっ! と洞窟内が突如明るくなった。レツが放った光が洞窟を照らし周囲を見渡しやすくする。通常より光量を抑える事で、眩しくて目が見えなくなる、という事態を避けた。
すばやく周囲を見渡す。魔物はこの1体のみのようだ。
「はっ!」
気合一閃、ショウが鋭く翻した剣に、魔物の太い丸太のような腕が半ばからはねとんだ!
「グルアアァァァアア!」
耳を劈くような悲鳴が魔物の口から漏れる。見ればはねとんだ手は、まるで灰のようになり、だんだんと地面と風に溶けて消えてゆく。
「この世ならざるものよ」
ショウが呪を紡ぐ。
「我が力もちて歪みし力を無に帰さん!」
ヴンっ、と、羽音のような低いうなりが聞こえ……ショウの目の前に混沌の塊のようなものが現れ……
「イエソドの道よ開け、その扉を我に譲れ!」
ぶわっ、と一瞬にしてそれが広がり、魔物を包み……次の瞬間には、もう、何もなかった。
「かっ……たの…………?」
レツが呆然と呟く。あぁ、とショウが小さく頷いて、鋭くあたりを見渡す。
当面、襲ってきそうな気配はない。だが、気配がないわけでも……なさそうだ。
気をつける必要がありそうだ。
ショウが僅かに目つきを険しくした。
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