第7章 始動(2)

 次の日、宿を出たアルと2人の新米冒険者たち一行は、目的地に向かうべく街を歩いていた。

 リアスの街並みもベイリールには及ばないが相当大きい。

 街の東にはサン・カルティア川が滔々とうとうと水をたたえて流れており、まるで湖かと思わせるほど雄大である。

 川岸には船着き場がいたるところに設けられており、カルティア帝国との間を行き交う輸送船がひっきりなしに積み荷の上げ下ろしを行っているのが目に入った。


 ベイリールを出る前にリカルド・オルトマンからあらかじめ聞いていた場所へ向かう。

 今日は二つの目的地を訪問する予定になっている。まずは、輸送船団の頭目、ルスト・フォン・ルンゲに会うため、ルンゲ商会へと向かおう。

 ルンゲ商会はベイリスの2大商会のうちのもう一つだ。一つは言うまでもなくオルトマン商会で、こちらは陸運業を主に取りまとめているのに対し、ルンゲ商会は水運業、つまり、カルティア帝国との物資輸送を一手にまとめている。


 アルはベイリスへ来てから、「剣士」としての仕事よりも「ギルドマスター経営者」の仕事の方が多くなっていることに若干辟易へきえきしているが、今は我慢してやっていくしかない。


 やがて、一行は川のほとりにたつ大きな倉庫へとたどり着く。

 表で作業をしていた人夫へ声をかけて、取り次いでもらう。ややあって、その人夫が戻ってきて、3人は奥へと案内された。


 倉庫内の一角に設けられた応接室へと案内された3人は部屋の中央のソファへ腰かけて待つよう指示された。

 ローテーブルを囲むように「コの字型」に配置されているソファの入り口側の二人掛けの方にアルとヒューゴ、左手の一人掛けソファにゲールが腰掛け、正面の上座の一人掛けソファが二つ並んでいるところは空けておく。

 

 数十秒後、入口の扉が開いて一人の女性が現れた。女性はティーテーブルを持ち、順に4つのティーカップをテーブルに並べてゆく。

 アルは、すこし頭を下げ、会釈をする。連れの2人もそれに合わせてあわてて頭を下げる。


 ティーカップを並べた女性は年齢は30代後半だろうか。アルはここ最近、年齢よりも若く見える女性ばかり見ているせいで、女性の年齢の推量については自信がなくなりつつある。


 女性はカップを並べると、正面のソファへと向かい、立ったままこう言った。

「ようこそ、テルドール卿。お噂はここリアスまで届いておりますよ。初めまして、私がルスト・フォン・ルンゲ、ルンゲ商会の会頭です」


 アルは一瞬、固まってしまったが、弾かれたように立ち上がって、

「は、初めまして、アルバート・テルドール、です。本日はお忙しいところお時間をいただき恐縮です」

そう、返しつつ、ルストが差し出した右手をとって握手をかわした――。



 会談は順調に進んだ。ベイリスでギルド立ち上げがひと段落した後、カルティア帝国へと向かうときにはルンゲ商会の協力を得ることを取り付けることができた。

 というのも、事前にオルトマン商会から打診があったということだ。


「リカルドさんも人が悪い。まさか女性だったなんて、一言も聞いてませんよ? 僕が勝手にお名前から男性と思い込んでいただけなのですが、ああ、こういうところも勉強させられてるんだなと、改めてリカルドさんに頭が下がる思いです」

アルは正直に、驚きと自戒の念をルストへ告げた。


「ふふふ。リカルドらしいわね。あの子ったらそうやって人をもてあそぶところがあるのよね。でも、ただからかうんじゃなくて、そこには何らかの意図があるのよ。今回も、人の頭の先入観というものに対する戒めって意味もあるようね」

ルストはそう言って笑った。つづけて、

「テルドール卿、カルティア帝国への橋渡しはお任せください。いつでも発てるように準備してその日をお待ちいたしております。――ところで、早速冒険者ギルドへの依頼なのですが、一つ頼まれてくれませんか?」


「えっと、ありがとうございます。ですが、今回の旅程では明日にはここを発たないといけません。その間で可能なことであればお受けできますが……」

アルはやや申し訳なさそうに返す。


「ああ、その点は大丈夫です。行きと同じように、帰りも輸送の護衛をお願いしたかっただけですので。次はわたくしどもルンゲ商会の荷物をベイリールまで護衛していただきたいのです」

ルストはそう言ってにこりと微笑む。


「あ、ありがとうございます。それなら問題ありません」


「では、ですね。では、これは先にお渡ししておきましょう。明朝9時に出立予定です。よろしいですか?」

そう言って、ルストは懐から出した麻袋をテーブルに置いた。ガシャッという音がこぼれる。


「はい、9時ですね。お受けいたします。ですが、報酬は当日払いかもしくは任務完了後で構いませんが……」

アルはここはいったん引いておく。このテーブルの上の袋は明らかに「貨幣」だ。


「ふふふ。なるほど、リカルドが気に入るのがよくわかるわ。あ~わたしがベイリールに居たら、リカルドより先につばつけたでしょうに。残念」


 アルは少々面喰らう。


 そんなアルの様子を楽しげに眺めながら、

「お気になさらないで、テルドール卿。私は冒険者ギルドの後見人のつもりでおります。そのうち、リアスにも支部をお創りになるでしょう? そのための先行投資と言ったところです。どうぞ、ご遠慮なくお納めください。「軍資金これ」は何をするにも必要なものですよ?」

と言った。


 ルストが一歩も引く気がないことは、アルにも充分理解できている。

 これ以上、かたくなになるのはかえって失礼というものだろう。


「わかりました。では、遠慮なくいただいておきます。それから、僕のことはアル、でお願いします。これからもよろしくお願いします」


「いいわ、アル。では私のこともルストで、ね。カルティアのことは心配しないでまかせといて――」


 そんな感じで、ルストとの会談は上々だった。

 アルは、手回しをしてくれていたリカルド・オルトマンに感謝の気持ちを持ちつつ、次の目的地へと向かった。

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