第6章 胎動(7)

7

「ゼーデよ、そちらの準備はどうだ?」

ルシアスが正面に座る銀髪の男に尋ねる。


次元門ゲートを開くのに必要な魔素は回復している。いつでも行ける」

ゼーデは即答した。


「うむ。アリアーデ、二人の状態はどんな感じだ? 封印解放後、変わりはないか?」

次は隣に座る白ローブの女に問う。


「もう大丈夫よ。魔素の流れは落ち着いているから、影響はないわ」

アリアーデも淀みなく答える。


「そうか。では、準備は整っているようだな――。ケイティ、君はどうする? 君の目的は封印の解除だった。解放後は少し経過を見る必要があったため、ここまで同行してもらってたが、この先、命の保証はできない。大聖堂へ帰ってもいいのだが?」

ゼーデの隣に座る、聖堂巫女のローブをまとった少女に問う。


「わたしは――、いえ、私には、まだ解き明かさなければならないことがあります。それに、これまで散々お世話になっておきながら、ここで旅をやめてしまっては、大聖堂のエリシア神さまに顔向けができません。私も同行させてください」

ケイティはきっぱりと宣言した。


「ウチはついていくからな、アルの行くところならどこまでもついていくって決めてるんだ。だから、聞かなくていいよ?」

フード付きローブに短パン姿の少女、チュリが拒否する余地を与えないように先手を打った。


「おまえの執心は本物なんだな」

アルの隣に座る少女に声をかけたのはレイノルドだ。

「俺はフランシスと話はできている、親分についていくと決めたときにとっくに覚悟はできているんだ。まさか、今さらついてくるななんて言わないっすよね」


 ルシアスは、薄く微笑んで、肯定の意を表した。


「アル、思えばお前と出会ったのは本当に偶然だった。あの日、私の問いかけにお前が何も興味を示さなければ私はほかの人にあたろうと思っていた。正直なところ、もう勘付いているとは思うが、ダジムとメイファの居所はすでに知っていた。だが、お前が二人の息子だということは本当に知らなかった。だから、あれは偶然だったんだ――」

ルシアスがまっすぐにアルを見据えて言った。


「ルシアス、僕はあなたに出会えたことをエリシア神の導きだと、今はそう思っています。いろんな場所に行って、いろんな人と出会って、こんなにも成長できた。父と母と僕の関係の真実を知っても、気持ちが揺るがなかったのは、そのことが大きく影響していると思うんです。昔の僕なら、たぶん、受け入れられなかった――。だから、僕はここまでの選択に自信をもってこれでよかったと思っている。そして、これからも、自分の決めることに間違っていないと思いたい。だから、歩くのをやめません」


 私はもう、迷ってはいない。確かに農夫の生活は好きだった。でも、今は戻るときではないとそう思える。世界は今危機にさらされている。そしてこれに対処できるのは私たちのみなのだ。むしろ、そのことに携われているということを誇りとしたい。


 そうであるならば、私のやるべきことは決まっている。迷うことなど何もない。


 一同はルシアスの方を見て、次の言葉を待っていた。


 やがて、ルシアスは意を決したように宣言した。


「じゃあ、とっとと済ませに行くとするか」



――作戦決行は3日後ということになった。



――――――


 翌日、一同は王城の応接の間にいた。

 ガルシア王のそばにはイレーナの姿がある。

 

 私は彼女の魔素の流れが前と変わっていることに気づいた。

 どう表現したらいいだろう、そうだな、前見たときより穏やかに優雅に流れているように見える。人の魔素の流れって、こんなにも変化するものなんだと少し驚いた。

 それに――、彼女の表情は優しく穏やかになっていた。


 横で師匠アリアーデが薄く微笑んだように見えたが、その理由を聞く機会はなかった。


「明後日、作戦を決行する。出立しゅったつは、オーヴェル要塞からだ」

ルシアスがガルシア王に作戦の決行を伝えた。


 その後、今後の作戦の流れについて打ち合わせが行われた。


 ルシアスの潜入部隊の作戦内容はこうだ。

 まずはオーヴェル要塞に次元門ゲートを開く。これは万一にも敵方に気づかれた時のためだ。次元門ゲートは一方通行ではない。こちらから向こうへ行けるということは、逆もしかりなのだ。万一相手に気付かれたり、待ち伏せをされていた場合、こちらへ侵入されないとも限らない。その点、オーヴェル要塞なら、外へ漏らす危険が一番低いと言える。

 転移がうまくいったあと、一旦次元門ゲートを閉じ、柱の保管地へ向かう。徒歩で行くことになった場合、その道のりは約6時間というところだ。もう少し近くに出れないのかということだが、保管地にはすでにやつらが到達していてもおかしくはない。一度、様子を見る必要がある。転移後、仲間の竜人たちと交信レパスをしてみて、それから、現地まで行く経路を模索する。

 無事保管地にたどり着いたら、ゲルガと通信して結界への侵入を果たす。結界をうまくクリアできれば、潜入隊だけ内部に入ることができ、そうすればあとは『世界の柱』を回収してその場から次元門ゲートを開いて帰還する。

 あくまでもこれは、最善のシナリオだ。

 それ以上何が起こるかは、もう行ってみなければわからないのだ。


「ルシアスよ、結局君たちに頼ることになって済まないと思っている。私はこちらでできることをやるのみだ。皆の者よ、シルヴェリア王国と世界を危機から救ってくれ」

ガルシア王は深々と頭を下げた。


 一国の王が、私たちのような寄せ集めの集団にこうべれる。見る者が見れば、なんたるていたらくかと嘆く者もいるかもしれない。

 

 しかし、私はそうは思わない。いや、はそう思わない、だ。

 

 こういうお方だからこそ、ルシアスは影となり支える道を選んだ。

 イレーナは付き添って支えることを選んだ。

 そして、ゼーデは、世界の窮地を救えるものはこの王しかいないと信じて頼ったのだ。

 皆がこの王を信頼して支えたり、信じたりしている。

 はこれまでそれをそばで見てきた。


 だから、わかるのだ。


 この方ほど王にふさわしい人物はいない、これぞ王たる証だ、と。


「各国から集める『診えるもの』の候補者の育成と、各国に配布する魔道石の準備はすでに手配済みだ。もうすでに我が国の衛兵にも配布し、部隊の編成も進んでいる。

各国もすでに部隊編成を始めている。大聖堂の宿舎の増設工事もすぐに始められるよう手配している」

ガルシア王は、そう言って、イレーナの方を見た。

「すべて、彼女の功績だ。彼女がいてくれたことを心からありがたく感じている」


 イレーナはすこし俯き加減に恥ずかしそうにしたが、すぐにその気配を消して、

「ダジム・テルドールとメイファレシス・テルドール夫妻の王都への移住と『診えるもの』の育成機関の設置に関しても、滞りなくすすめて参ります。あなた方の成功の暁には、この世界への危険がさらに加速するかもしれませんが、それに対応できるように急がないとなりません」

そうして、責任感をにじませながらも確固たる決意を含んだ目で、こう言った。

「大丈夫です。私が間に合わせて見せます。こちらのことは心配なさらないで、存分にお働きください」


「ふふっ、あなた、いい顔になったわね? これまでよりいっそう頼りがいがあるわよ?」

アリアーデが少しからかうようにイレーナへ告げた。


「い、いえ、わたしは、なにも、変わりませんよ……」

そう言いながら年齢に似合わず童顔で幼く見えるこの女性は顔を紅潮させた。


 私にはなぜだかわからないが、隣に座っているガルシア王もなんだか気恥ずかしそうにしているように思えた。


「ルトもようやく前に進めたようで何よりだ。イレーナ、これからもこの男をそばで支えてやってくれ」

ルシアスは満足そうに笑みを浮かべた。


 会談の翌日、ルシアス一行はオーヴェル要塞へ向かった。






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