第4章 邂逅(8)

(14の続きから)


 一行はエルシリアに到着し、今朝発ったミハイルの宿屋へと戻った。

 エルシリアはかつてはエリシア大聖堂の門前町として栄えていたが、近年はその勢いも失い、訪問客もまばらだ。


 日はとうに頂点を過ぎすでに傾きかけている。

 このまま王都を目指して走れば、途中で日が暮れて進めなくなるだろう。その場合、途中でとる宿がシルヴェリアには存在しない。ヘクトル監視塔の中継所はあるが、そこにはうまやの世話人が滞在する宿舎はあるが、旅人の宿はないのだ。よって、一旦エルシリアに宿を取り、明朝王都へと出発することになった。


「ゼーデ。体の具合はどうなの?」

アリアーデが心配そうに声をかける。


 一行は夕食をとるために、ミハイルの宿屋のバーのテーブルを囲んでいた。テーブルの上には、ヘン鳥のもも肉のから揚げ、ランデル肉のロースト、トマトのサラダ、地元野菜のポトフ、キノコのキッシュなど色とりどりの料理と人数分の飲み物が並んでいる。

 どれも、ケイティとの一時の別れを聞いたミハイルが、腕によりをかけて用意したものだ。


「ああ、動けるまでには回復している。が、姉上から見てもわかる通り、魔素の消耗はとてつもないものだった。魔法を発動させるほどの魔素はまだ戻ってきてはいない、ケイティの封印を解くと約束したが、それまでにはかなりの時間がかかるだろう」

と、ゼーデが答える。

 

 この青年、色白で肌も白く銀髪、見た目的には20代後半ぐらいにしか見えないが幾つぐらいなのだろう。アリアーデも見た目は20代後半ぐらいに見えるのに、すでに170歳を越えているというから、ゼーデもそのくらいなのだろうか……などと考えながら、私は話に耳を傾ける。

 バーには私たち以外は誰もいない為、きがねなく話ができる。


「竜族の世界へ戻るためには次元門ゲートを発動するしかないのだが、私の今の魔素量ではそれも不可能だ。仮に、次元門ゲートを発動できたとして、奴らに対抗するほどの魔素まで戻すにはまだ時間がかかる」

幸い、時間の猶予はまだある、それまでにやつらに対抗しうる魔素の回復とケイティの封印の解呪を済ませるさ、とつづけたところで、から揚げを口にほおばった。


「そのことだが、時間に猶予があると確信できるのはなぜなのだ?」

とルシアス。


竜結界術式ドラグノートプリズン……ね」

答えたのはアリアーデだった。


ゼーデはこれに対し、

「……ああ、父竜ゲルガはやつらの攻勢に抗いきれないと悟ったとき、私にこう言った。いずれにせよ私はそう遠くないうちに死ぬだろう、ならばせめて……」

お前の助けになること、私にできることを為すべきであると考える。私はこれより『柱』の在処で竜結界術式ドラグノートプリズンを張ることにする。数名の傷ついた有志がこれに加わってくれると賛同してくれている。その間にこの先の対処法を何としてでも考えるのだ。と。


「竜結界とは、なんだ?」

とルシアス。


アリアーデが応対する、

「竜族には『柱』守護の使命がエリシア神から与えられたことは話したわね。その際、もう一つ与えられたものがあるの。それが竜結界。竜族はその豊富な魔素をみこまれて柱の守護者に選ばれた。それはその豊富な魔素を凝縮して結界を生み出す術式を使用するのに適しているという理由もあったのよ……」


 その結界は、魔素の干渉を極限にまで防御することができるのだという。いかなる物理的、もしくは呪術的攻撃も跳ね返し、魔素による干渉も極限まで抑えることにより対象地域への侵入を妨害できるというものだ。

 しかし、完全無欠というわけではない。結界の触媒たるものから魔素の供給が切れてしまえば結界は消失するし、外的攻撃によっても結界の防御力は少しずつではあるが減少する。そしていつか、破壊されるだろう。


「それまでの期間が約1年ということだ」

ゼーデが後を受けて言った。


「ということは、父君の余命があと1年ということにもなりますね?」

横で聞いていた私が思わず口をはさんだ。


「そうだ……。竜結界は魔素を凝縮してなすものであるから、その分魔素の消耗の速度も速くなる。傍目はためには眠っているようにしか見えないのだがな。そしてそのまま命を閉じることになる……」

ゼーデが唇をかんだ。


「そんな……。早く助けないと……。何かほかに方法はないのですか?」

口をはさんだのはケイティだ。


 残念だけどないわ、とアリアーデが答える。



15

 ずっと考えていたんだけど、とアリアーデが切り出した。

「ケイティ、だったわね? この子の解呪に関してだけど、当然、解呪するだけでは命の保証がないことは知っているのよね? そうだとしたら、耐えるための訓練が必要だけど、あなた、魔法はどのぐらい使えるの?」


「え……? いえ、わたし、魔法はまだ発動させたことはありません……。魔素も見えません……」

ケイティは申し訳なさそうに目を伏せた。


「やっぱりね……。でも、心配しなくてもいいわよ」

ここにいるアルも、ついひと月ほど前まで魔法が使えなかったのよ、でも今は、おそらくこの国で2番の魔法士になっているわ。大聖堂の大司祭を越えてねと言った。


「というわけで、ゼーデ。この子は私が預かるわ。どうせアルの訓練もやっていくつもりだったから、ついでと言っては何だけど、あなたも手が省けるでしょう? これであなたたち二人は私の兄妹弟子ということね。よろしくね、ケイティ」


「ってぇことは、ルシアス一家に新しい仲間が加わった……ってことだよな? 嬢ちゃん、歓迎するぜ? ほら、何してるアル、みんなも。めでてぇことじゃないか、グラスを持て、ジョッキをもて……」

レイノルドはそう言って、各人に乾杯の準備を促す。

「えーそれでは、僭越ながら、新しい仲間の加入を歓迎して乾杯の音頭を取らせていただきたいと思います。皆様、ご準備はよろしいでしょうか」

そして、エールジョッキを掲げて、

「では、ルシアス一家の新メンバー、ケイティの加入を祝って、かんぱ――い!」

「かんぱーい!」

そう言って各々グラスやら、ジョッキやらを打ち鳴らした。


 私はやっぱり、彼のこういうところがいい奴だ、と改めて思う。


 ケイティは少し戸惑っていたが、ミハイルがこちらの状況に満面の笑みを浮かべているのを見て、なんだか少し安心した。

(ミハイルが喜んでいるのなら、これでいいってことよね……?)

そう、自身に言い聞かせていた。



16

 翌朝エルシリアを発った一行は、その日の夕刻王都シルヴェリアに戻った。

 帰り道は下りということもあって、行きより時間が短くて済んだ。

 あいかわらず、馬車は揺れたが、馬車に慣れていないであろうケイティも、弱音をはかず懸命にこらえていた。


 到着後、即刻ガルシア王との謁見の儀となった。

 王都には昨日のうちに早便を走らせて、会談内容の概要を知らせてある。

 

 非公式とはいえ、竜族の長と人族の代表ともいえるガルシア王の会談である。


 一行は王城の広間に通され、そこで、ガルシア王と対面した。

 レイノルドはガルシア王をみるのは初めてではないだろうが、実は私はこの時初めてこの国の王を見ることになる。そして、ケイティもそうだった。

 

 初めて王城に足を踏み入れたが、やはり王城というのは圧巻だ。建物に凝らされた意匠、通路の壁面にかけられた絵画、通路の脇にたたずむ彫像……。どれもこれも、王国のなかでも特に腕のいい職人の仕事であろう。みるからに芸術性にあふれており、なんとも雅である。

 私もケイティも思わずきょろきょろとせわしげに首を振ってしまった。


 広間はそれほど広くはなく、中央に大きなテーブルと人数分プラス1の椅子が並べられていた。並びは、テーブルの向こうに1つ、こちら側に6つだ。

 テーブルの上には、花盆が2つ置かれていた。


 やがて、広間の入り口が開かれた。

 一同は起立し、その人物を待つ。

 入口からはひときわ威風を備える男と、そのあとに小柄な襟付きローブをまとった女性が入ってきた。この男こそ、この国の王フェルト・ウェア・ガルシア2世だ。そしてそれに付き従うローブの女性は王国参謀イレーナ・ルイセーズだろう。


 やがて、ガルシア王は自身の席の隣で立ち止まり、イレーナはその脇に少し控えて立ち止まった。


「まずは、長旅ご苦労であった。さあ、座ってくれ」

そう言って自身も席に着いた。

 王との面談というのはもっとこう、儀式ばったものなのかと思っていただけに、案外拍子抜けしたが、非公式とはこの程度なのかもしれない。

 一同も促されたとおりに席に着く。中央から右にゼーデ、アリアーデ、ケイティの順。中央から左にルシアス、私、レイノルドの順だ。


「ゼーデよ、しばらくぶりであった。あの後、そなたが竜族の長を正式に受け継いだということは報告にあった。そして、今、まさに世界の危機を迎えているということもルシアスの文で聞いている」

ガルシア王は、落ち着いた、しかしながら、非常に重々しい声色で切り出した。


 そこから会談ははじまった。ゼーデとルシアスが主に質問に答えるという形で進行された。


「――なるほど。これは確かに、厄介なことになっているな……」

ガルシア王は一通り話を聞いた後そう言った。

「で、ルシアス。この後どうするつもりだ」


「今俺たちにできることは結構限られている。まずは、国中の魔素案件をさがす。そしてこれにゼーデとともにあたる。竜族の世界に現れたやつらとこちらに現れたやつらが同一のものかどうか確かめる必要があるからだ」

そう言ってさらに続ける。

 十中八九間違いないだろうが、確定させる必要はある。

 その後、ゼーデには自身の魔素回復に努めてもらう。次元門ゲートの魔法を使えるのはアリアーデもだが念には念を入れる必要がある。数が減っているとはいえ強靭な竜族を押し込むだけの力をもっているやつらだ、宝珠の確保の際に何が起きるか予想はできん。戦力は多い方がいい。

 

 つぎに、各国への通達だが、これはいましばらく待ってくれ。いま言っても各国の反応は様々だろうし、意見もすぐにはまとまらない。ある程度確証が必要になる。それに、いまの人族では、もし仮に宝珠の確保が失敗した場合、もう手立てはない。かといって、大量に軍勢を送り込んだとしても、その戦力差は歴然だ。まず間違いなく全滅するだろう。

 だから、できる限り秘密裏に行動を起こす必要がある。作戦はあくまでも宝珠の確保とこちらへの輸送だ。やつらの軍勢と戦うことではない。その場合、少数精鋭で行うべきだ。


「俺たちがやるさ」

と言って言葉を切った。


「――で、あるか。確かにな……。私としても各国に働きかけて今の話を信じさせるのは不可能に思える。なんせ、魔法や魔素の存在すら知らないのだからな」

ガルシア国王はそういってルシアスの意見を容れるとの決断に至った。


「ところでルシアス、こちらのものたちを紹介してはくれまいか」

ルシアスは、やはりそうきたか、と若干身構えたようにも見えたが、

「左の二人は俺のもともとの従者だ、いつも魔素案件でともに調査にあたっている、アルバート・とレイノルド・フレイジャだ。そしてアリアーデの向こうがケイティス・リファレントだ、彼女はわけあって今回から同行することになった」


 私は自身の名前が伏せられたことに若干戸惑ったが、ルシアスがそう言うのだから何か考えがあるのだろうとその場はそれに従うことにした。


「ふむ、アリアーデは過去に私の部屋に侵入したときのままだったからすぐにわかったよ。まさかルシアスに同行していたとはな。いつからなんだルシアス、お前一言も言わなかったではないか」

そう言ってややルシアスを皮肉ったが、

「まあよい。竜と人とはいえ男女のことだ、それを詮索するというのも野暮なことだろう」

そう言って、豪快に笑って見せた。

 

 腹心が自身に隠し事があったにもかかわらずこのおおらかさである。私は、我が国の王の胆力が計り知れないものだという認識を持つに至った。

 




 



  

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