021:出られぬはずの森を抜けて

「……一応、言っておくけど。単体でも危険な魔物に勇者の力が合わさっている相手だった。下手すれば一国を滅ぼすような規模の危険度に相当する可能性がある。それを一撃で倒せるほうが異常」


 あいかわらずアンジュに呆れられているが、無事に綿部を黙らせることができた。


 綿部は気絶しているが、まだ息はあるようだ。

 無傷とはいかなかったが、殺してしまうようなことにならなくて良かった。


 これで少しは反省して欲しいものだ。

 人の話はちゃんと聞くべきだと。


「……クモくんのスキルはすごすぎる。やっぱりクモくんこそが真の勇者の可能性がある。高確率で」


「真の勇者って……それなら成尾なるおがいるだろ?」


 成尾なるお大地だいち

 最強のスキルと噂される【剣の勇者】を得たクラスのリーダー的存在だ。


 元の世界でもクラスカーストのトップに君臨する人気者だったが、この異世界に来てもその座はゆずらなかった。

 城の連中は【剣の勇者】を得た成尾こそが真の勇者に違いないと騒いでいたものだ。


 今もきっとクラスのリーダーであり、そして最強の勇者としての地位を確立するためにがんばっているんだろな。


「……たしかにクラスではトップの実力かもしれない。でもナイトウルフと合体したさっきの綿部を一撃で倒すほどの力があるとも思えない。私の本気の【氷結】ホワイトスタチューを一瞬で解除する力が彼にあるのかも疑問。私たち勇者はクモくんが思っているほど強くない」


 アンジュは国王を疑っていたため、自分のスキルの力を隠していたらしい。

 クラス最下位の実力としてあまり良い待遇を受けていなかったようだが、そのおかげで俺はアンジュと出会えたのだから幸運だ。


 訓練の様子を見たアンジュが言うには、本来ならアンジュもトップ10以上の力があるらしい。

 もちろんアンジュの他にもなんらかの理由でスキルの力を隠しているクラスメイトがいる可能性はある。

 それにあくまでも訓練時点での話だ。


 アンジュが聞いたところによるとスキルは成長するともいう。


「……私のスキルが成長したとしても、とてもクモくんの領域にたどり着けるとは思えない」


 たしかにアンジュや綿部のスキルの力を俺の【ドン!】と比べるなら、たぶん俺の力が勝っているとは思う。

 アンジュが倒せないと判断したナイトウルフも、そのナイトウルフと合体した綿部も俺のスキルなら余裕で倒せる。


 綿部のスキルは良く分からないが、クマにすら負けていたわけだし、なんか必殺技みたいなのも俺のスキルの前では完全に無力だった。

 だがそれは、破壊力だけで言えばの話だろう。


「破壊力だけがスキルの強さじゃないだろ? アンジュのスキルはすごいスキルだと思うよ」


 俺にアンジュのようにサポートができる器用な能力はない。

 強さだけが勇者に必要な才能ではないだろう。


 それに本当に俺が真の勇者なら、なぜ国王は俺を消そうとしたのだろう?

 魔王と戦うのなら大切な駒になるはずで、利用価値はあるはずだ。


「サン、大丈夫か?」


「うん。大丈夫よ。びっくりしたけど」


 けっこう激しく動いてしまったが、ケガはないようだ。

 まぁ攻撃を受けたりはしていないからな。


「それにしても、クモルって本当に何者なの……? 魔物と勇者が合体するなんて絶対にSランク以上の危険度よ?」


「さぁ、俺にも良く分からないからな。ただのザコ認定された勇者だよ」


「もう……相変わらずね。ザコなわけないわよ。私はクモルが真の勇者だって言われたら……いや、言われなくても絶対に信じるわよ?」


 サンまで俺の事を真の勇者だと言い出した。

 このことに関してはアンジュとも意見があっているようだ。

 

「……同意見。むしろクモくんが真の勇者であるべき」


「うん! 絶対そうだわ!」


 やれやれ、さすがに過大評価というものだろう。


 俺は成尾とはまるで違う。


 元の世界での俺なんて、どこにでもいるただの高校生だった。

 スポーツ万能で頭も良くてイケメンの成尾と比べてしまえば、ただの平凡でゲームオタクなだけのクラスカースト底辺の存在だったのだ。

 真の勇者なんてガラじゃない。


 勇者たちが魔王を倒してくれるなら、俺はわざわざ危険な戦いに巻き込まれたいなんて思わない。

 元の世界に戻るまでの間、俺は普通に生活ができればそれで良い。


 そう、のんびりスローライフでもしたいだけなのだ。

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