019:夜を統べる魔狼

「……難しい事はしていない。私の氷剣の能力で周囲の気温を著しく低下させただけ。気温の低下によって活動を停止するのは動物だけじゃない。植物も同じ。この森が迷宮と化しているのは明らかに森の植物たちの影響によるものと推測できる。それを封じる為に活動を低下させた」


 解説なると相変わらずめっちゃ早口なアンジュだが、要約すると「寒さで植物の活動を低下させた」と言うことらしい。


 普通なら森を凍らせるなんて規模が大きすぎてあり得ないだろうが、勇者にはなんてことないらしい。

 サンは引くほど驚いているが、アンジュは当たり前のようにそれをやってみせた。


「……それに、森全てを凍らせたわけじゃない。他の場所へはいけないけれどこの小屋へは戻れる。という事は、小屋に何か仕掛けあると考えられる。あるいは迷った結果、小屋に戻っているという可能性もある。どちらにしても小屋は呪いのキーになっている事は間違いない。だから凍らせたのは私たちの近くだけ。おそらく、それで十分」


 アンジュの推測は当たっていた。


 パリ、と氷の砕ける音がした。


「キャウーーーン!!」


 見覚えのあるが森の中から飛び出してきた。


「ブラックベアっ!?」


 俺は瞬時に迎撃しようとしたが、なにやら様子がおかしい。

 現れたクマは俺たちに見向きもせず、通り過ぎて行ってしまった。


「な、なに……?」


 クマだけではなく、次には巨大な蛇が俺たちの横を通り過ぎて行った。


「……私たちが狙われているわけじゃない。何かに怯えている」


 アンジュは冷静にその様子を分析していた。


「ふむ。良い予感がするな」


「……同意」


「えっ? なにっ?」


 そして、魔物たちが去って行った後にはわずかな静寂が訪れた。

 その静寂を切り裂いて、氷の森の中から現れたのは真っ黒な毛並みの巨大な狼だった。


「これは……まさかナイトウルフ!?」


「知っているのか、サン」


「う、うん……話には聞いたことがある。見るのは初めてだけど特徴が一致するわ。巨大な狼の姿で夜に潜む魔物……昼間に見つからないワケね」


 森が凍り付いてしまい、逃げ場を失って現れたといった所だろうか。


「……依頼されていた森の主の詳細。私はまだ聞いていない」


「でっかくて黒いウルフだって聞いてたけど……」


「じゃあこいつで間違いないな」


「でもこいつ、Aランクどころじゃない……こいつはSランクレベルの危険指定生物よ! 危険度のケタが違うの!」


「そうなのか」


 Aランクは余裕だったが、どうなのだろか。

 俺はそこまで危険には感じないのだが……。


「アンジュ、どう思う?」


「……私の手には負えない。私が戦えるのはAランクがギリギリ。それ以上ならとても勝てない」


「ん? そうなのか?」


 てっきり楽勝なのかと思ったが、予想外の返事が返ってきた。

 だからと言って慌てている様子はないのだが。


「……最初に説明した。特級騎士たちは私たち勇者と比べてもトップ10クラスの力を持つ。そしてクモくんは特級騎士たちを蹴散らしている。この事から少なくともクモくんはトップ10以上の力を持っている。それどころか七宝剣すら凌駕している可能性すらあると私は推測する」


 そういえばそんな事を言っていたな。

 七宝剣とはクラスの上位7人の事らしい。

 四天王的な存在のようだ。


 城ではザコ認定された俺のスキルだが、実際にはそんな事なく上位の勇者以上の力があると……アンジュはそう言いたいらしい。

 さすがに過大評価な気もするのだが、つまりは……


「俺にやれってことか」


「……そう。クモくんなら楽勝?」


「まぁ、多分な」


 やってみるか。


 氷結状態で壊れやすくなっている森の木々を破壊しないよう、指向性を高めに設定する。

 威力は……サンの言葉を参考にしてクマと比べるなら、とりあえず10倍くらいにしておけば良さそうだな。

 魔核の位置をサンに聞いていなかったが、とりあえず狙いは心臓にしておこう。

 クマもウルフも似たような物だろうしな。


「グウォォオオオオオオオオオーーーーーーン!!」


 ナイトウルフが吠える。

 遠吠えというよりはまるで地響きをおこすような威嚇だ。


「少し黙れ」


 俺はその遠吠えを迎え撃つように「ドン!」を放った。


 近所迷惑だ。夜だからな。


 俺の「ドン!」は遠吠えの音を切り裂いて的確にナイトウルフの心臓に命中し、そしてあっけなくナイトウルフの意識を奪い去った。


「よし。こんなもんだろ」


 想定通りに一撃で済んだ。

 思ったより余裕だったみたいだ。


 威力はもっと抑えても良かったかもしれないけど。


「……呆れる。そんな力でザコなわけがない。思考が謙虚すぎる。もっと自信を持つべき」


 なぜかアンジュに呆れられていた。


 あれ?

 ここは褒められるところじゃない?


 ちなみにサンは、目玉が飛び出そうな顔で驚いていた。

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