閑話 罪と罰 side愚者

 監査部の長の部屋に入ると、そこには社長、副社長もいた。

 何故だ?


 雰囲気が重々しいが・・・


「坂下。今流れている噂だが・・・」


 社長が重々しく言う。

 そうか、翠は社長付きの秘書だからな。

 社長としては気になるのか。


「はい、私も出社してから聞きました。ですが、大丈夫です。私は妻を信じてますから!ですから暖かく見守って・・・」

「黙れ。」

「へ・・・?」


 俺の言葉を遮って、社長と副社長が俺を睨みつけていた。

 側にいる監査部の長は、肩を落として意気消沈している。


「貴様が噂を流しているのは既に把握済みだ。貴様が家族に対して何をしたのかも、な。」


 ・・・聞き違いか?

 今、社長は何と言った?


「本日、今をもって、貴様はクビだ。とっとと出ていけ。」

「ま、待って下さい!不当解雇だ!そんなの認められる筈がない!そうでしょう?」


 俺は焦って監査部の長を見る。

 すると、俺を見て歯ぎしりしながら、


「・・・お前のせいで、俺まで処分がきた。お前の・・・お前のせいで!!」

「・・・は?」


 そう怒鳴りつけられ、俺は何が起こっているのかわからず呆けてしまった。


「呼べ。」

「わかりました。」


 社長の言葉で、副社長がどこかへ電話をする。

 そのまま数分で、室内に三人の女が入ってきた。

 こ、こいつらは・・・


「お前たちのしたことはすべてわかっている。本日付けでクビだ。」

「え?ど、どういう事ですか!?」

「なんで私達が!?」

「そうです!おかしいです!」


 口々にそう言う女達。

 だが、


「不当に人を貶める流言をするのは、罪に問われないのか?」

「「「!?」」」


 その社長の言葉で、三人は固まる。

 何故なら、こいつらは俺が翠の噂を流すのに協力させたからだ。

 しかし、なんでバレて・・・


「な、なんの事だか・・・」

「全てわかっていると言った。良いか?貴様らがやった事は全て犯罪だ。こちらには裁判を起こす準備がある。勿論、警察へも相談する予定だ。」

「「「え!?」」」


 その言葉に、固まったまま言葉も出ない三人。

 勿論、俺もだ。

 何故そこまで先手が打てている?

 どうなってんだ!


「わかったら、早々に荷物を片付け出ていけ。裁判を起こした時は、弁護士から連絡をさせるから出頭するのだな。とっとと出ていけこの痴れ者共が!!」


 社長の剣幕に、三人は呆然としたまま部屋から出ていった。


 何が・・・何が起きてやがる!?

 なんでこんな事に・・・


「坂下。貴様にはある方から伝言がある。そして、今貴様がこのような状況になっている理由でもある。」


 俺は社長の言葉に、ノロノロと視線をあげる。

 あまりの展開に、心が折れかけていたのだ。


「副社長。」

「はい、坂下よく聞いていろ、読み上げる。『あなたの様な人間のクズは、我が「周防」には必要ありません。今後あなたは、「周防」に関係する全ての企業から爪弾きにされるでしょう。せいぜい自分の行いを後悔しながら生きていきなさい。私の大切な方々を傷つけた罪は重いです。ですが償う必要はありません。あなたにはこれから絶望しかありませんから。周防グループ本部社長補佐 周防美咲』以上だ。」


 周防・・・グループ・・・?うちの会社の系列・・・本部?それに、周防美咲・・・だと?

 社長の愛娘で、次期当主と言われる・・・周防財閥が誇る麒麟児と名高い・・・あの!?


 というか・・・うちの系列会社の、ほぼトップじゃないか・・・

 

「坂下。貴様の娘は、どうやら周防社長の娘と懇意にしているようだ。そしてそれは坂下翠くんも同じようだな。彼女は、今回の件に大変ご立腹らしい。グループの全ての関連会社に通達がなされているようだ。貴様の行状と、貴様を雇わないように、とな。」


 ・・・すべ、ての・・・


「まぁ、この国では一番大きな会社だ。そのほとんどが息が掛かっていると言える。」


 そん・・・な・・・


「ちなみに、翠くんは、彼女が直々に雇い入れたようだ。昨晩付けで転籍している。貴様のせいで、私の有能な秘書が持っていかれてしまった。ただでさえ腹立たしいが・・・まぁ、良い。綱紀粛正も出来たし、何より、貴様はこれからを生き抜くのが困難だろうからな。せいぜい、後悔して生きていけ。夢々忘れるな?貴様は『周防』を敵に回したのだ。まともな生活を送れると思うなよ?」


 社長の言葉に、目の前が真っ暗になる。


「以上だ。目障りだからとっとと出ていけ。私はこれから、そこにいる監査部の長の処分の話をせねばならぬからな。」


 社長は俺から視線を移し、縮こまっている監査部の長を睨みつけた。

 俺はふらふらとした足取りで部屋を出る。


「ああ、そうだ、忘れていた。」


 と、社長が声をかけてきた。

 俺が力無く振り向くと、


「貴様のデスクに離婚届を置いておくよう指示してある。未記載のものだ。出ていく前に貴様の欄を埋めて署名と押印をして置いておけ。そうすれば、今回の件を刑事罰にはしないそうだ。わかったな?それは後程詫び代わりに翠くんに渡す。会社として迷惑をかけた事に対してのな。」



 部署に戻ると、先程とは違い、同僚全員が俺を軽蔑の目で見ていた。 

 誰も話しかけて来ない。


 ふと、隣の机を見ると、そこには文書が。


 流し読みをすると、俺がした事が事細かに書かれていた。



 ・・・はは、ここまで、するのか・・・

 こんなの、どうしようもなんねぇ・・・


 すべてを諦めた俺は、簡単に自分の机を片付けて、離婚届を作成した後、部署を後にする。

 当然、誰も声を掛けてくれない。

 会社を出るまでも、出てからも。

 既に、会社全ての人に通達がなされていたのだろう。


 外に出て、少し離れた所で先程の女の同僚三人が待っていた。


「あんたのせい仕事クビになったじゃない!!何よあの通達!あんたの言ってた事と全然違うじゃない!どうしてくれるのよ!」

「そうよ!あんたに同情して協力したのに、全部嘘だったなんて!!」

「死ね!このクズ!!」


 三人はそう言って、平手打ちをして立ち去った。


 ・・・どうしようも、無い。

 これが、報いなのか・・・


 この国で、周防の息が掛かっていないところなど、底辺の所しかない。

 どうしたら・・・とりあえず、実家に帰るか・・・


 Prrrrrrrrrrrr!


 電話?

 このタイミングで?

 表示を見ると、実家となっている。


 ・・・嫌な予感がする。


「・・・もしもし?」

『おい!お前どういうつもりだ!!何を考えているんだ!!』


 親父の怒声。

 事情は全て知っているらしい。

 どうやら、『周防』の弁護士が赴き、事情を説明したようだ。


 何度も何度も親父から罵声を浴びせかけられる。


『貴様は勘当だ!二度と家の敷居はまたぐな!翠さんとその親御さんにはこちらから正式に謝罪をしておく!貴様は二度と向こうに連絡するんじゃないぞ!!プッ・・・ツー・・・ツー・・・』


 はは・・・は・・・


 どうやら、俺は全てを失ったようだ。

 もう、どうしようも、無い・・・


 トボトボと歩く。

 まったく先が見えない絶望に向かって。


 この先も、光が差すところは歩けないだろう。

 

 どうやら、誰にも知られず野垂れ死ぬのは、俺の方だったようだ。

 こうして俺は街の喧騒の中に一人消える事になった。

 たった一人、愚者として。



********************

これで今章は終わりです。

最後の最後に暗い話になってしまいましたが・・・すっきりして頂けた方も多いと思います。

さて、次章はいよいよ大きな進展を迎える・・・かもしれません(笑)

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る