閑話 神様からの啓示と見切り sideリリアーヌ

「何故ジェミニを害そうとしたのです!!」

「・・・奴は、新たなる魔王となる可能性がある。」

「それを誰が言ったのです!答えて下さいお父様!!」

「黙れ!これは高度になされた政治的判断である!たかが姫ごときが口を出すな!!」

「っ!!」


 わたくしは歯ぎしりをしながらお父様とその取り巻きを見ます。

 

「これ以上口出しするのであればいくらお前だとて・・・」


 その瞬間、お父様の前に騎士団の親衛隊が並びました。

 彼らが抜剣しようとした時です。


「・・・それ以上するのであれば、ボクも黙っていないぞ。」

「・・・ラピス。」


 わたくしの前にラピスが出て、騎士団に立ちはだかりました。


「貴様!おそれ多くも王の御前に・・・」

「黙れ。」

「っ!??」


 親衛隊長がそう叫んだ瞬間、ラピスから濃密な殺気が放たれました。

 勇者パーティの一人として、最前線で戦い続けたラピスの圧力に、騎士団の面々は息を飲み、じりじりと下がっています。


「黙って聞いていれば、聖女たるリリアーヌ様に向かい、たかだか王ごときが不敬だ。これ以上の狼藉があるのであれば、聖女を守る騎士として・・・斬る。」


 ラピスがそう一歩前に出ると、全員が固まりました。

 それもそのはず、ラピスは聖女を守る騎士であり、勇者のパーティーメンバーでもあります。

 いくら親衛隊長や騎士団とて、敵うわけがないからです。


 わたくしは、曲がりなりにも聖女と呼ばれています。

 聖女とは、このグランファミリアの神から啓示を受け、その意思を広め、世界を良き方向に導く者です。

 だから、その権力は本来、王よりも上であるのです。


「・・・いや、すまぬ。リリアーヌは娘であるので、つい、言葉がきつくなってしまった。者共、下がってくれ。」

「・・・っは!」


 お父様の言葉で、親衛隊が下がりました。

 

「お父様。では、詳細な資料を準備しておいて下さい。」

「・・・わかった。」


 お父様の目には、怒りの色が見えます。

 ですが、わたくしはそんなお父様を無視し、自室に戻りました。

 考えることは一つだけ。


 ・・・ジェミニ。

 あなたは、今、無事なのですか?

 住処すみかに踏み込んだ時、誰もいなかったと聞いていますが・・・

 無事逃げ出せていれば良いのですが。

 もっとも、ジェミニが本気になれば、壊滅的な犠牲が出ていたのは王の軍だったでしょう。


 ・・・おそらく、わたくしの心情を考慮してくれたのでしょうね。


「・・・姫様。」


 苦虫を噛み締めたような顔で、ラピスが話しかけてきました。


「・・・分かっています。分かっているのです・・・」


 ラピスが言いたいこと。

 それはよく分かっています。

 わたくし達が世界を救った後、世界は変貌しました。

 

 それまで、対魔族の為に協力しあっていた大国は、それぞれが人間同士の争いに身を投じ、人間以外の種族を亜人として迫害し始めました。

 聖女であるわたくしを有する我が国は、その威光をかざし勝利を重ねていました。

 もちろん、わたくし達は戦争には出ていません。

 何度も止めようと声をあげましたが、一切聞く耳を持ってもらえませんでした。


 しかしその結果、民は勝利に沸き、誰も疑問に思っていないのです。

 そう、誰も・・・

 今、人間がしていることは、過去の魔族がしていた事とかわりが無いというのに。


 シュン様が・・・私達が、懸命に救った世界は・・・狂ってしまいました。


「・・・ねぇ、ラピス・・・」

「・・・何です?姫様。」


 わたくしは泣きながらラピスを見ます。


「わたくし・・・どうしたらよいのでしょう・・・」

「・・・ボクも、知りたいよ。ボク達の救った世界に、価値があったのか・・・シュンの頑張りは・・・なんの為だったのか・・・」


 わたくし達は途方にくれてしまいました。







side王


 ・・・おのれ!

 たかだか騎士ごときが、王たるこの儂に向かってなんたる無礼か!!

 それに、リリアーヌも、聖女などともてはやされ、事もあろうに儂よりも立場が上であるだと?

 ふざけるな!!


「・・・王よ。」

「なんだ!!」

「もう、良いのではありませんか?」

「・・・何?」


 宰相の言葉に、心を鎮める。

 

「どういう事だ?」

「もはや、この世界は我が国、ひいては、王たる貴方様のものでございます。ですから、もう、聖女の威光は必要ありません。」

「・・・」


 ・・・なるほど。

 暗殺・・・か。

 しかしリリアーヌには、あの忌々しい亜人がついている。

 正面からでは無理だ。


 策を練る必要があるな・・・


「ふむ・・・で、あれば、準備を進め、来月の式典の後、不慮の事故とするか。」

「ええ・・・幸い、王には他にお世継ぎはおられますゆえ・・・」

「・・・くくく。見ておれ!あの汚らわしい亜人め!娘の分際で父を愚弄するバカ娘め!目にもの見せてくれる!!」







sideリリアーヌ


 ・・・あれから、表面上は穏便に過ごしています。

 しかし、どれだけせっついても、ジェミニの家を襲撃するよう進言した者の調査は進んでいません。

 ・・・おそらく、お父様達の独断なのでしょう。


 ・・・ああ、我が神よ。

 わたくしは、どうすれば・・・

 シュン様・・・わたくしは・・・


 本日は式典があり、わたくしとラピスも聖女と聖女の騎士として出席しました。

 そこでは、戦功の話ばかり。


 ・・・こんな事ならば、わたくしはこの世界を救わない方が良かったのでは無いのでしょうか?


 こんな事ならば、辛い思いをさせてしまったシュン様を召喚すべきでは無かったのではないのでしょうか?


 式典後の食事会の間、そんな風に物思いにふけっていたところ、突然、背後にいたラピスがガクッとひざまずきました。


「ラピス!?」

「ぐっ・・・姫様!お逃げを!図られました!!」

「お父様!?」


 一斉にわたくしたちを取り囲む騎士達。


「・・・くっくっく。汚らわしい亜人めが!ようやく呪法が効いたか!」

「お父様!これはどういう事です!!」

「黙れ!貴様も同罪だ!世界の王たるこの儂に歯向かいおって!!そこの亜人もだ!忌々しい!亜人を止めるために、宮廷魔道士が総出で呪法をかけ、ようやくか・・・この、化け物め!!」


 お父様の目には、明確にわたくしとラピスが敵であると映っていました。

 そして、周囲の人間の目にも、嘲りの色が見えます。

 

 ・・・ああ、そうですか・・・わたくし達は・・・もう・・・


「ふん!貴様らのような者は、魔王亡き今、もう必要ない!!」


 わたくしの目から涙が落ちます。


 ・・・神よ。

 どうやら、あなたの意思をこれ以上この世界には伝えられないようです。

 ごめんなさい・・・


 シュン様。

 あなたが、命がけで救ってくれたこの世界は、とても醜くなってしまいました。

 ・・・わたくしの力が足りず、申し訳ありません・・・


「それでは・・・やれ!」


 お父様が騎士たちに指示を出します。

 ラピスは、立ち上がろうとしていますが、動けないようです。

 悔しげに、涙を流しています。


 ラピス・・・ごめんなさい。

 こんな事に巻き込んでしまって。


 そして、騎士が一歩踏み出した瞬間、轟音が響き渡りました。


「な、なんだ!?」


 お父様が叫びます。

 城が揺れています。

 稲光と共に、この部屋の外壁が吹き飛びました。


 そして・・・


『この世界に住まう者よ。私はこの世界の管理者、神と呼ばれる者である。すべての者よ。聞くが良い。』


 この声・・・神様・・・


『私は、この世界を守るために、かつて勇者召喚の秘術をこの国に与え、聖女を送り出した。だが、今、この瞬間、聖女は、愚かなる王とその取り巻きにより、害されようとしている。見るが良い!!』


 外が明るくなりました。

 そこには、わたくし達の姿が、大きく映っていました。


「な、なんだこれは・・・?」

【な、なんだこれは・・・?】


 お父様の声が、外に大きく響き渡ります。


『見えるか?聞こえるか?この世界に住まう者よ。この愚王は、世界を救い、神たるこのわたしが送り出した聖女ですら殺そうしている。実の娘であるにも関わらず、己の欲望の為にな!!』


 ・・・その声には、とても大きな怒りを感じます。

 現に、わたくしを取り囲む騎士たちは、ガタガタと震え、剣を取り落としている者もいます。


『私は、このような者たちを救うために、かの勇者を召喚させたわけでは、断じて無い!私は許さない!!かの者が、その優しき心を傷つけながらも必死で救った結果を、欲望で全て染め上げようとするこの世界の人間を!よって裁きを下す。』


 ・・・ああ、今日、世界は終わるのですね。


「お、お待ち下さい!何故そのような・・・」

『黙れ愚王!全ては貴様の決断のせいだ!』


 お父様が、とっさにそう叫ぶも、神様からの威圧混じりの言葉で直立不動となり、口を噤みました。


『私は、これより、この世界に一切の干渉はしない事を宣言する。そして、これは、この世界から全ての悪しき心を持つ人間が居なくなるまでは、撤回しない。私の祝福が無くなったこの世界は、作物はあまり育たず、天候は常に荒れ、徐々に滅びに向かうだろう。』


 その言葉に、この部屋にいるわたくしとお父様、ラピス以外の人間は、全て跪き許しを請いました。

 ですが・・・無理でしょうね。


『だが、チャンスを与える。全ての悪しき者には分かりやすく目印をつける。額に輝く虹色のバツ印がある者は、悪しきものである。そして、この印を持つものは、全ての恩恵が無くなる。わかるか?子供にも劣る力しか持たなくなるという事だ。』


 わたくしが周りを見回すと、この部屋にいるほとんどの騎士に印が現れていました。

 もちろん、お父様にも。


『私の許しを請いたければ、悪しき者を全て排除せよ。よいな?それと、聖女よ。』

「・・・はい。」

『そなたには、このような汚れた世界は似つかわしくない。それに、この世界にはもう聖女は必要ない。よって、そなたは・・・そなたに相応しい世界に送ろうと思う。聖女の騎士と共にな。』


 ・・・ついに、神様にまで、必要ないと言われてしまいました・・・

 しかし、そんなわたくしの絶望も、次の神様の言葉で、吹き飛びました。


『案ずるな。そなたに相応しい世界・・・そこには、かの者がおる。それに、そなたの仲間たちも。一人おまけもいるが・・・それはかの者に詳細を聞くが良い。』

「「っ!?」」


 まさか!?

 わたくしはラピスと目を合わせます。

 そして・・・二人で頷きます!

 シュン様のもとに行けるの!?


『そうだ。だから、安心して良い。これまで、ご苦労だった。ありがとう。向こうでも、息災でな?』


 優しい、神様の声。

 涙がさらに溢れてきます。


「ありがとう・・・ございます・・・」

「主よ・・・感謝致します・・・」

「待て!リリアーヌ!貴様だけ・・・」

『それでは、聖女とその騎士よ。さらばだ。』


 こちらに叫びながら駆け寄ってくるお父様の絶望した顔。

 それをわたくしとラピスはにこやかに見送って、光の中に消えました。


 ・・・シュン様、今、参ります!


******************

これで、第三章も終わりました。

この世界の行く末は、四章の閑話でやろうと思っています。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る