第31話「迷子の白い子・参拾」

「さて、追うとしよう。行先は可能性が高いと先程話をしていた、逢い引き用のマンションだ」


仕入れた会話からの情報では、朝に天海の父親と会い、それから娘の通う小学校の保護者会に出ると言う予定のはずだ。


「一緒に車に乗ってた人、天海のお父さんだったのかな。運転してたひとがそうだったのかな。もっと良く見ておけば良かったかな、何か、特徴みたいなの分かる様に、」

晴明が鎌の先端を地面に着かせ、持ち手の上へ掌を乗せた。

祐天は右手首に巻かれていた鎖を外し、鎌に巻き付け始める。


「目印で十分だ。天海から話を聞いてしまっているから、顔が見え無かったかもしれんしな。どこもかしこも真っ黒な車だったのだろう?窓もスモークが貼ってあれば近寄っても鮮明には見えないだろう。追跡しようなどと行動せずにいてくれて私は助かった。生きている人間だから何も出来ないのは承知しているが、貴様をあの悪魔の様な女と一人で対峙させたく無いからな」

「……けど、俺、もっと晴明の役に立ちたい。護って貰うばっかりだもん」

「馬鹿者。十分役に立っているだろうが。何を抜かす。貴様が無事なら後のことは後で考えれば良いだけだ。理解しろ、馬鹿ガキめ」

「……晴明、馬鹿は余計なんだって。それさえ言わなきゃ鬼とか言われねえのに」

天海が呆れた様に肩を落として告げると、晴明は驚いた顔をした。

「……?何故だ?」


それを聞いた天海が溜息を吐いた。

「……まあ知ってたけど。うん、鬼だな晴明」

「おお、天海にまで鬼と言われたぞ晴明。流石だ。鬼の社長さんだな」

「黙れ馬鹿ガキ共め!貴様らには優しかろうが!!」

その言葉に、天海は堪らず噴き出し、声を上げて笑った。

「冗談だよ、ははっ、…本当に、話の中身は思い遣ってんのに、なんで喧嘩になるんだよ、…あはは、」

晴明と祐天はまた不毛な言い争いを始める。

天海は笑いを堪えながら、片手に持っていた祐天のストールの切れ端をパーカーのポケットに入れ、地面を這う鎖を両手で引き寄せた。

巻きやすい様に鎌の周辺に集める。

鎖は軽く、少し引いただけで大量に鎌の周辺へ集めることができた。


◇◇

「粗方巻いたら投げる。天海、鎖に協力を仰いでくれ。前と同じ要領だ。祐天は神具を投げる役を頼めるか。陣は私が掛ける。所有者と陣打ちが別個になるから、間を置かず投げるやり方だ。浄玻璃は規律を乱す事柄を好かんからな」

「うん、分かった。浄玻璃、少しだけ、俺と仲良し、お願いしたい」

祐天が晴明の鎌に向かって首を傾げて頼んだ。

「やってみる」

天海は深呼吸をして呟き、頷いた。


「祐天、懐中時計を私に貸せ」

「あいよ。けど本当は晴明の時計なんじゃなかったっけ?」

「貴様が危なっかしいから、持たせておるんだろうが」

この懐中時計は設定するとアラームを鳴らすことができる。

天国の時計屋で晴明が購入したものだ。

「晴明の方が危険だろうが」

「貴様の方が遥かに危険だ」


祐天はコートのポケットから、懐中時計を取り出して晴明に渡した。

時刻は午前五時。

そろそろ生人が活発に動き出してくる時間だろうか。


天海は鎖の巻かれた手首に更に数回鎖を巻き足した。

そうして手首から垂れた鎖を空いた手で握り締める。

「壊色、忌色、俺の頼みを聞い欲しい。晴明と祐天の手伝いがしたいんだ。道を作る手伝いがしたい。鎖を伸ばして、晴明の鎌の通った場所に鎖を引いて欲しい。その場所に行って、俺は、晴明と祐天の仕事を手伝いたい。それから、弟の手がかりを見付けたい」

天海の声に、現在一本の鎖となっている「壊色」「忌色」が鈍く閃いた。

天海は数回同じ文言を鎖を握り絞めて言葉にした。


目を閉じて、また開いて。

落ち着いて、強く願う。

冷静に、だが熱を込めて。


◇◇

「始めるぞ。祐天、こちらへ来い。天海は私の隣だ。祐天はこちらの作業をしながら、天海の様子も見るんだ。出来るな?」

「うん。出来る」


祐天は鎌の柄握り、晴明が柄の最後尾に掌を当てる。

天海は晴明と祐天の隣で指示を待つ。片手を目の高さまで上げて、巻かれた鎖を見つめる。


ともしびにて対象把握。四方しほう斑猫はんみょう、四方に視認しにん


晴明の声に反応し五芒星が浮き上がり刃を畳み、鎖に巻かれた鎌が発光する。

真っ赤な光が晴明と祐天を飲み込んだ。

晴明が掌を離し後方へ飛び退いた瞬間、間髪入れず祐天が鎌を両手で一度振り回し、勢いをそのままに彼方へ振り投げた。


「応答聞いた!」

「天海!鎖を伸ばせ!」

晴明の言葉と同時に飛んで行く鎌が、引いた分だけ鎖の量は減っていく。

「壊色!忌色!鎖を伸ばしてくれ!」

鎖が伸ばせなければ、天海はこのまま飛んで行った鎌に引き摺られてしまう。

祐天は天海の傍へ走り寄る。

もしもの時に鎖を切断する為だ。


「壊色!忌色!…、!」

俺に従え、そう天海が叫んだ。


すると、天海の言葉に反応し、鈍く光った鎖が蠢き出した。

弾ける音がして火花と共に鎖が急速に伸び始め、途中から二本に別れた。

降ろしたままだった右腕が、勢いに引き摺られ空へ伸びる。

だが、天海本人が引き摺られることは無い。

両脚はその場から全く動いていないのだ。


鎖は端から伸びるのでは無く、天海の手首に巻き付いている部分はそのままに、数メートル先から二本に別れ、そこから長さが足されているのだ。

薄い日の光を浴びながら、鎖は火花を散らして伸びて行く。

時折、ざりざりと轟音を響かせながら。

擦れる痛みも、重さも感じず、天海はただ胸中で、目的地まで鎖を伸ばす様にと、何度も神具の名を呼んだ。

懇願と命令、その二つを繰り返した。


大丈夫。

傍には二人が居る。


鎖がまた火花を散らした。

細かった二本の鎖が、絡まり合い、太さを増した頑丈な形状へと変化を始める。

天海はそれをそのまま受け入れ、懇願と命令を続けた。

きっと何かの意味があって、この鎖は形状を変えたのだ。

鎖の先はもう遥か彼方で、見えはしない。

信じて受け入れる。

きっと自分にとって最善の策を講じてくれているのだと信じる。


伸びて行く鎖が止まるまで、天海はそれを見ていた。


今度こそ目を閉じない。

痛いのも、怖いのも。

苦しいのだって、今度こそ。

「俺は、お前の為だったら、」

できるよ、と、天海が小さく呟いた。


形状を変えた鎖は互いにぶつかり、擦れ、大仰おおぎょうな音を立てて停止した。


「……止まった、みたい、だけど」


「天海、上手く行ったぞ!現状を維持しろ!祐天、陣を打つ、こっちへ来い!」

「あいよ!」

祐天が天海の背後から、晴明の背後へ移動した。

天海は晴明に言われた通りに、多少持ち上げただけの腕をそのままにした。

伸びている鎖は余裕を残して、何かに引っ掛かった様に張っている。

晴明が二度目の祝詞を詠んだ。


四方しほう斑猫はんみょう四方しほう視認しにん

めいめい

めいめい

十王じゅうおうより令名れいめい

十三王じゅうさんおうより令名れいめい

「「浄玻璃宝運じょうはりほううん」」

「仮名、「壊色えしき忌色いしき」」

「令名に拝眉はいびう」

裁可さいかされたし」

我名がめい死返法会まかるかほうえ」」


晴明の声が止まると、瞬時に祐天が紅色の槍を空中で回してから投げた。

槍は天海の鎖の上を滑る様に飛んで行った。


◇◇


「……鎖を巻き取ろうと思っていたんだが、ここまで言うことを聞くとなると、鎖の上を走った方が早いかもしれん。天海、鎖をこのまま空中に固定出来るか?それから走りながら鎖を戻せそうか?」


天海の腕から伸びる鎖を一瞥し、晴明がしばし考え込んでから天海へ問う。

天海の手首の鎖は変わらず小振りな鎖のままだが、二股に別れた辺りからは、錨鎖びょうさの如く大きく太くなっている。


「やってみる。上を走れる様に、道として固定、…揺らいだり、途切れたりはさせず、……」

天海が手首の鎖を握り締め、懇願と命令を胸中で唱える。

「……これが上手くいけば、ほぼ直線で目的地まで行ける」

晴明が鎖の先を見つめた。

鎖は目に見えて固定され、弛んだ部分が真っ直ぐになった。

幅も広くなり、上に乗るには十分な状態へと変化した。

「…、晴明、大丈夫そう?」

天海が呟いた。

「ああ、これで最短で目的地まで行ける」

晴明は天海へ笑みを向け、助かる、と言葉にした。


◇◇

その時、祐天が、晴明の服の裾を引いた。

「なあ、晴明。鎖の上を走るなら、お前のこと、俺が背負って走るからな」

「黙れ馬鹿ガキ、貴様にそんなことをさせる訳がなかろうが」

「だって、危ないだろう。何かあっても片方腕がないんだぞ」

「走るのに腕はいらん。貴様を危険に晒すかもしれないことを私がさせると思うか?」

「晴明の馬鹿め」

「馬鹿は貴様だ」


不毛なやり取りに天海はまた笑い出しそうになった。

「なあ、祐天。先頭を走って危ないものが無いか確かめるのはどうだ?そうしたら晴明のことを護れるんじゃないか?俺は最後を走るから、前に晴明がいてくれたら、困った時に指示が貰えて助かるし。晴明も祐天が後ろに居て見えない状態より、前を走って貰って背中を追えた方が安心じゃねえのか?」


天海がそう言うと、しばしの沈黙の後に、祐天が晴明を見上げた。

「……天海の言うのが一番良い、気がする。そうしよう、晴明。でも背負うのも本当はしたい」

「ああ、確かにそうだな。天海の案が最も安全で、安心…、背負わせんと言っておるだろうが!」

晴明は怒鳴りながら片手で祐天の頭を力一杯撫で回した。

祐天は嫌がる素振りも見せずされるがままだが、思い切り舌を出していた。

仲が良すぎて喧嘩する、という言葉の見本通りに二人はしばし言い合いを続けた。

天海はそれを見ながら、また笑い声を上げた。


「俺の中の理想の親子ってこんな感じなんだよなあ」

天海が戯れ合う二人を見ながら笑い声混じりに呟いた。

「なら、貴様も今から私の子になれ。理想の親子とやらになればいい」

「え?」

祐天を撫で回しながら晴明は青空の様に澄んだ笑顔を天海へ向けた。

祐天は、それがいい、と言いながら晴明の腰に抱きついて満面の笑みを見せた。

天海は驚いた後に、目を伏せて頷いた。


◇続

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