第22話「迷子の白い子・弐拾壱」
一家が食事を終え、各々に自由行動を始めた。
部屋が広い為、接触しない様に晴明達は壁際で様子を伺っていた。
対象者を優先して監視するべく、晴明は女児に入浴を促す沙梨真の後方へと動き出そうとしたが、祐天が俯きながら晴明のジャケットの裾を引っ張った。
「なあ、…俺、…あのいじめっ子より、男の子の様子、見てたい。だから、何もできないことは、ちゃんと、分かる。俺は、死人で、あの子は、生きてるから。でも、……男の子の部屋の前に居たい、から、晴明、行くの、許して欲しい。……天海の鎖を預かって、欲しい」
繋がれた手の上から繋がる鎖は、揺れながら、祐天の左手の甲を撫でるように動いていた。
「なあ、……俺と、晴明、…さん?であの女を監視して、祐天には男の子を見ててもらう方が俺は良いような気がする。家を抜け出す気がある様だし、ライターのこともあるしさ。何か、放っておけない状態だっただろ?俺にできることあれば手伝うよ。だから、祐天を行かせて欲しい」
天海が繋いでいた手に更に力を込めた。
天海も男児が気になって仕方が無かった、自分が駄目なら、祐天に見に行って欲しかったのだ。
しばし沈黙した後に、目を伏せて晴明が息を吐いた。
「……確かに言うことは最もだ。ほら、鎖を寄越せ。ただし、もし男児が屋敷から移動しても直ぐに追うなよ?移動する時は私も天海も同行する。必ず言いに来い。電話は駄目だ。言いに来るんだ、解ったか?もしも勝手な事をしたら私から離れられん様に強制の陣を打ち込む。痛い思いはしたくなかろう?いいな?私はそれだけが心配でならんのだ」
晴明は指先で祐天の前髪を摘んで軽く引き、離した。
祐天が嬉しそうに笑う。
晴明は祐天が差し出した天海と繋がる鎖の端を、掴んで自らの左腕に巻きつけた。言い方は物騒だが、晴明は祐天の言葉を尊重し、その上で心配しているのだ。天海は、その不器用さが可笑しくなり、俯いて見えないように笑んだ。
「うん。解った。絶対の約束をする。晴明、天海、ありがとう」
祐天は笑みを浮かべて二人を見てから、直ぐに走って二階へ向かった。
◇◇◇
祐天を見送ると、鎖を強引に引かれ、天海は晴明に引き摺られる様に、壁際へ寄せられた。
「天海、貴様は「性欲」は「落ちた」か?女や男の裸体で、のべつ幕無しに盛り始めるだとかありそうか?」
「え?ああ、そういや、別に、……」
「対象者が風呂に入るだろうからそれを見張るつもりだが、大丈夫そうか?浴室内は湯気で視覚的には鮮明には見えんだろうが」
「えーと、晴明……さん?に言われるまで気付かなかったけど、そういや無い、かも。多分、なんかこう、……何となくだけど」
「…貴様は普通に私の名を呼べんのか?敬語も不要、名は呼び捨てろ。魂もなじめば性欲は落ちて薄くなる。性別も洋服の様なものになる。……まあ、問題無さそうだな。風呂に入ってる時に独り言で暴露するかもしれん。それに昨今の携帯機器は浴室内でも使えるだろう?見張るのは姿では無く、厳密に言えば「会話」「独り言」だな」
「年上かなと思ったんだよ。じゃあ、呼び捨てにする。…風呂、風呂な。……確かに一人だと、色々と呟いたりするかも、しれ、ない……」
天海が言葉を濁して明後日の方向へ視線をやった。
「なんだ。聞かれたくないことでも独りで喋っていたのか?「弟が可愛いくて可愛くて仕方がない」の類のひとりご、」
「ひっ、き、聞いてたりすんの!?聞いてたの!?」
「いや?貴様の様な人間は捕縛対象にならんだろ。万が一聞いていたとしても記憶上会話の内容は残らん。お前も弟の可愛らしさを風呂場で独り言で披露した事実は思い出せても、弟の名と顔が思い出せんだろう?それよりも強い制限がかかる。個人の更に深い個人情報だからな」
「………、言うな言うな、恥ずかしい。あのさあ、真面目な話しを先にしてから、冗談言ってくれない?晴明のは冗談が冗談に聞こえねえんだよ。白状しましたみたいになってんじゃん。うああ、」
「…貴様は風呂場で独り言を言いまくるタイプの人間だろうなと思ったまでだ。何というか、明朗な男だろうなと。別に良かろうが。可愛い弟で間違い無いのだから。悪さをしている訳でもあるまいに」
「う、あー……。そう、だけどさあ」
「話を聞くに、貴様の弟もきっと同じに兄の自慢話を呟いていただろうさ。祐天とは大違いだ。あのガキ、私にまるで懐かん」
晴明は表情を変えず、淡々と言葉を紡ぐ。
天海は嘘では無いが、恥ずかしさにその場に蹲り片手で顔を覆った。
窓を閉めれば、家庭の浴室内は基本密閉されてしまう。
脱衣所に鍵がかかるなら、更に密室の状態になる。
誰も聞いていないという心理状態も追加され、秘密の暴露には持ってこいの場所ではある。
更に晴明の言う様に、浴室内で使える強化防水型の携帯電話を使えば、電波を介しての伏魔殿になりうる可能性は大いにある。
まさか地獄の門番が監視に来ているとは思いもしないだろうが。
天海は、晴明にあの山道でのやりとりを告げれば喜びそうだと思ったが、告げるのを止めておいた。
祐天は晴明をとても頼りにしているし、好いていることを。
些細な仕返しのつもりだった。
しかし、結局のところ、自分を揶揄いながらも、弟を貶める言葉を一切言わない晴明の言動に、天海は随分に優しい人物だと思えた。
晴明と祐天と一緒なら、今後の死人の生活も悪く無いかと思える程に。
◇続
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