第4話「迷子の白い子・参」
晴明の運転する車に乗り、二人は大きな商業施設の立体駐車場へ赴いた。
天国にも頭上に空があり、一応昼夜がある。また、天候も微々たるものだが変化する。
輝光とした朝や沈黙の夜は来ないが、ささやかに朝日が昇り、緩やかに日が暮れる。それから雨や少々の雪、季節風。
日本国の天国は四季が巡る様に設計されている為、その都度、死生活を営む者達は現世で恒例とされていた行事を楽しんでいた。
立体駐車場の最上階はまだ朝日が昇ったばかりで、最上階には一台の車も無ければ人も居なかった。
「さて、日付が現世でも変わっているから、正味六日で探さねばならんな。もう少し早めに辞令が降りてればなあ」
晴明が運転席のドアを開け、片足のみをコンクリートの地面に出したまま、腕時計を見た。現世と地獄の日と時間は数字としては同列に流れている。
「最後に間に合わないなんてのは嫌だから、俺、相手の確証が取れたら、最初から神様の槍を使ってもいいか?見つけたらすぐに動けない様に出来れば少しは時間、短くできるんじゃないのか?なあ、晴明」
祐天は地図を片手に助手席から降りると晴明の目前でしゃがみ込んだ。
「そうだな。そうしよう。どれ、まずは門の展開を頼む。地図はこちらへ寄越せ」
晴明からの了解を得ると、祐天は晴明に地図を渡してから身を起こした。
そのまま何も無い空間へ右手を伸ばす。
「
決められた文言と名を呼び、十三王より「神具」を貸り受ける。
呼び終えた瞬間、祐天の伸ばした手の先に長い桐箱が突出した。
蓋は無く、その中には紫色の絹を寝床に紅赤の槍が横たわっている。長さ二百センチ前後の槍は祐天の背丈を雄に超える代物だ。
祐天が槍を手にすると桐箱は引き出しが締まる様に空間の中へ消えた。
「門番」として選ばれた者に貸与される神具は現世に持ち出し可能で、捕縛命令の出た生人に対してのみ影響力がある。他に、門の顕現、土地の封印、現世の障害物の浮遊や消滅、妖の封印捕縛などの術陣を描く手間の省略にも使える。
痕跡と影響を最小限に留める決まりが有り、大きな影響を現世に残した場合は経緯を書類にまとめて提出しなければならない。毎度、書類は晴明が書いて提出をしている。
祐天は
白と灰の混じった髪は左側だけ短く、右側だけ背中まで伸びている。全体的に色素が薄い祐天は眼の色も眉も白と灰だった。生前からこうだったのかは祐天本人の記憶は無い。天国へ来る際に記憶は沈められているからだ。
服装は真っ黒な膝丈のコートと厚手のレギンス。足首丈の黒いブーツ。
唯一色があるのは、柔らかな夕焼け色の長いストールだ。このストールだけはどうしても何があっても持参し、首に巻き付ける。
天国へ来る際にしっかりと握り締めて持参した唯一の品。
生前に相当大事にしていたのだろう。
晴明は煙草を取り出して火を着けた。死生界は死んでいることを除けば現世と大抵は同じなのだ。趣向品である煙草も酒も存在する。
長い黒緑色の髪を頭上で縛り上げ、上下黒いスーツに黒いネクタイ、若草色のシャツ、革靴の出で立ちをした晴明は威圧感がある。初めて顔を合わせた時、祐天は口が聞けない程に晴明を恐れたくらいだ。
煙草を咥えたまま晴明は地図を見ながら駐車場の隅へと歩き始めた。
後を祐天が追う。
「この位置から門を出る。まずは橋の上だ。献花されていると思われるから、しばし見張って、そこから手掛かりを掴めれば…」
「……俺はいじめた奴が花を持って来てる気がする。いじめる奴は自分は関係無いですって花を持って来て泣いてる振りして帰ってから笑うんだ。あんなのいじめに入らないのに自殺して馬鹿みたいだって言いながら」
俺はいじめるのが好きな奴は大嫌いだ、と、祐天が呟いた。
「確かに可能性は高い。そもそもそんな人間だから辞令が降りたんだ。必ず地獄送りにしよう。それは私と貴様にしか出来ないことだ」
「うん。必ず捕まえる」
大きく頷くと、槍の柄を両手で持ち、切っ先をコンクリートの地面へ着ける。
本来は五芒星を基盤にした術陣を血液で正確に描き、祝詞を唱えるが、神具があればそれを省略できる。
細く息を吸い込むと、祐天が決められた言葉を紡いだ。
「
「
「
祐天が発する声音に晴明は眉を顰めた。
祐天の祝詞を詠む声音に感情は一切無い。
日頃は単語を繋げた話し方しか出来ないのに、祝詞を詠む時の声は滑らかだ。
それが痛みを痛みとして認識できず、されるがままに立ち尽くしている子供の様で、晴明はその都度「急かされている」様な気になるのだ。
泣いている。
きっと。
気が付いた自分が、早く。
早く、行かねばならない。
早く、早く。
助け出せるのは。
嘘つきで無いと知っているのは。
自分しかいないのに。
ごめんな。
本当に。
助けたかった。
死という手段から。
死という痛みから。
間に合わなかったけれど。
生きることが幸せなのだと教える権利は。
生きることが幸せなのだと説く声を届けることは。
自分には無かったけれど。
自分には出来なかったけれど。
もう忘れてしまっただろうけれど。
祝詞で発光した槍を中心として地面に真っ赤な五芒星を模した術陣が浮かび上がった。同時に周囲が黒い霧に包まれる。
前後左右の霧の中からザリザリと鎖を引きずる音が聞こえてくる。
地獄門が顕現したのだ。
晴明は指に差し込んだままの煙草を掌に乗せて握り締めた。死生界の煙草はこうして消す。残骸は残らない。そして、出した時と同じに突出した桐箱へ槍を片付けた祐天を、背後から片腕を回して脇に抱えた。
黒霧の中、石の擦れる音と鎖の引き摺られる音、微かな振動、降下する感覚。
しばらくしてそれが止むと、薄れた黒霧の先に人が通れる程度に細い光が見えた。それが門が開いた合図だ。
全てを覆うほどに巨大な門は開かれる場所に大きな目玉があり、完全に開かない様に鎖で繋がれているらしい。世界を覆うその門の端を見ることは神でも叶わないのだそうだ。なので真意の程は不明である。
晴明は祐天を抱えたまま走り、微かに開いた門の隙間を抜けた。
手掛かりが少ない為、時間が惜しい。
そうして二人は死人のまま、現世へ降り立った。
◇続
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