四日目:旭川空港発羽田行AIRDO87便

古代ローマのように窃盗や強盗の犯人の捜索がもっぱら被害者の任務だった時代に戻ったとしよう。権利の放棄がそこでどんな結果をもたらすか、わからない者がいるだろうか?窃盗や強盗を鼓舞することにしかならないではないか?


『権利のための闘争』イェーリング著 村上淳一訳

岩波文庫


 羽田空港では、荷物検査で足止めをくらった。キーホルダーがはさみと誤認されたようだった。今度は難なく通り抜けた。

 搭乗して、自分の座席を見つけると、今度こそリュックから本を引っ張り出した。

 シートに座ると、小さな男の子を連れた夫婦が後方へと向かった。

 機がタクシーイングしていると、後ろでその子供が『ガタガタガタガタ』と言ってはしゃいでいる。

 おい、やめろ、このクソガキが。

 滑走路に入り加速すると、あっという間に離陸した。

 羽田空港に比べると、こちらでは出発までがやけにスムーズに感じられた。

 それもそのはずで、この時間に離陸するのはこの機だけなのだ。

 雪の影響も全く感じられない。除雪するの大変だろうな。


 二回目で、少しは慣れたようだ。揺れもあまり気にならなかった。気流の影響なんかもあるのだろうか。今度こそ本を読んで過ごした。

 ドリンクサービスで水をオーダーすると、ちゃんと水を注いでくれた。


 それにしても、見ず知らずの少女のために、何故わざわざ旭川まで飛んで来なくてはならなかったのか。それも折角旭川まで来て、図書館で多くの時間を費やした。自分はプロの記者でもないしYou Tuberでもない。どう考えてもまともじゃない。

 普段から、自分がおかしくなってはいないかと不安になる時がある。しかし、旭川滞在中は、自分でも驚くほど冷静だった。最初からいかれている可能性もなくはないが、東神楽町図書館でキレないくらいの分別はまだあるようだった。


 常識に従えば、素人が事件に首を突っ込むべきではないのであろう。

 この点については何カ月も考えた。

 しかし、旭川行きを思いとどまる理由は特に思いつかなかった。

 警察が捜査権を放棄している以上、一般市民が調査するのにとやかく言われる筋合いはない。むしろ市民の義務であり権利でもある。


 当初は私も静観するつもりだった。しかし、事態があまりにも進展しないため、結局自分でも調べ始めた。元々嫌な予感はしていたのだ。

 何故、前途ある女子中学生が、二月の冷たい雪に埋もれて死ななくてはならなかったのか。御遺族の心痛は察するに余りある。彼らの迷惑にならない程度には、関与は続くであろう。


 しかし、調査するには、まだまだ時間が足りなかった。

 関東から旭川まで、そう何回も来られるものでもない。

 取り敢えず、今は手持ちのカードで何とかするしかない。

 加害者のガキどもを引っ張り出す手段を考えなくはならない。


 窓から下方を覗き込むと、一面に街の明かりが見える。

 首都圏に入ったらしかった。

 やがて中央に巨大な空白地帯が出現した。ポツポツと灯りが浮かんでいる。

 東京湾を航行する船の灯りのようだった。

 機体が旋回を始めた。みるみるうちに高度が下がってきた。

 やがて船のライトが同じ高さになった。

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