第7話 必要とされるように。

顔に掛かるまぶしい光で目を覚ました。


「晴れてる…」


ふとくうとの約束を思い出し時計を確認する。

八時四十五分だった。

ハッとして、ベットから飛び起き急いで支度をする。

家を出ると、昨日までの雨が嘘のように太陽が顔を出していた。


図書館に向けて、小走りで急ぐ。少しでも早くくうに会いたかった。

図書館に到着した時には九時五分だった。


「かいくんっ!五分遅刻ですっ!」


くうは手を後ろに組んでニコニコしながら言った。


「ごめんごめん、昨日寝落ちしちゃって」

「ふふっ、寝落ちか、可愛いじゃないかっ」

「可愛くはないと思うんだけどな…」

「いいよいいよっ、じゃあ早速行きましょうかっ」

「うん、いこうか」


ぼくがすんなりと受け入れたのが予想外だったのか、くうは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「うんっ!」



今回の行先は、ぼくが過去に行った覚えのある所だった。駅名も、周りの景色も、しっかりと記憶に残っている。

だからこそ、探しているのはここの海ではないと早い段階で分かった。

しかし、くうには落ち込ませたくなかったために言わないでおいた。


「ついたよっ!」


くうが笑顔で指差した先に見えた海にはやはり見覚えがあった。

だけども、とても、とても綺麗な海だったことは間違いない。


「おぉ、すごく綺麗だね」


そう言った時、突然くうがぼくの顔を覗き込んできた。


「え、なに」

「いやぁ、ここの海ではない。て言いたげな顔してますねぇ」

「え」


突然のことにとても驚いた、ぼくはもしかしたら顔に出るタイプの人間なのかもしれない。


「図星でしょ!」


くうが、どうだ!と言わんばかりにニヤリと笑う。


「うん。まぁ。合ってるよ。ここには来たことはあるけど、探してるのはここじゃない」

「そうだよねぇぇ。まぁ、簡単にすぐ見つかっちゃうのも、それはそれでつまらないからね!」


くうは自分を励ましてるのか、それらしいことをいっている。


「そーゆーものなのかな」

「そうだよ!そうに決まってる!」

「じゃあ、次のところ行く?」


ぼくは切り替えて次に行こうと提案した。


「え、せっかく来たのにすぐに次行くの?」

「なにかしたいことでもあった?」


ぼくの問いかけに、くうはすこし顔をひきつりながら考えいた。


「ん、そ、そうだなぁ…。貝殻探しとか!」

「よし、次行こうか」

「うそうそ!まってぇ!」


彼女は笑いながらぼくの腕を掴んできた。


「貝殻探しするの?」

「それはうそぉ、本当のこと言うとかいくんに少し話したいことあったのぉ」

「え、なに話したいことって」

「まぁまぁ、座ってゆっくり話そうよ」


くうに言われるがまま、ぼくとくうは並んで腰掛けた。


「で、話したいことって?」


くうは言葉を発する前に、少しだけ眉をひそめた。


「えっとね、前にかいくんが学校行ってないって話したよね?」

「うん、したね」


くうは、少し遠慮がちに聞いてきたが、ぼくはもうくうになら全部話してもいいと思っていたため、なんとも思わなかった。


「そのことなんだけど、かいくんが学校行けてない理由とか、詳しく聞けたらなぁって…」

「なるほどね。でも、別にそんな面白い話じゃないよ」


ぼくは別に特別な事情があるわけでもないので、本当にありふれたことしか言えない。


「うんうんっ、そんなのは気にしないから、ただかいくんの話が聞きたいなって」


くうは心配そうにぼくを見ていた。


「うん、いいよ」

「ありがとうっ」

「まぁ、前も言った通り、周りに馴染めなかったんだ。べつに、誰かに悪くされたとか、いじめを受けたわけでもない」


ぼくは、誰かに何かをされたわけではない。

だけども、なぜか嫌だった。


「ただ、嫌だったんだ」

「嫌だった?」

「うん。ありがちかもしれないけれど、自分がなにしたいかわからなかった。なんのために学校に行くのか、なんのために生きてるのか。自分の進む先がまったく見えなかった」


くうは、ぼくの話を静かに、うんうんと相槌を打ちながら聞いている。


「そうだったんだね…」

「だから、図書館で本を読むことだけが生きる意味だったんだ、その時だけは何も考えなくて大丈夫だから」


ずっとぼくは、あの空間と本に救われてきた。


「だから、ぼくはその生きがいを失っていたら、いまこの世にはいないかもね」


笑いながら冗談めかして言った。

くうもいつものように笑って反応してくれると思ったが、違った。


「かいくん、ダメだよ…そんなことはいっちゃだめだよ…」

「え?」

「生きてる人はみんな分からないんだよ…。今も生きてる事の価値が、尊さが…分かってないんだよ…」


いまにも泣きそうな、すごくすごく悲しげな顔をしていた。


「生きてるって言うのは、自分だけの問題じゃない…だからかいくん…簡単にこの世に居ないかもなんて言わないで…」


ぼくはいつもの様に反論しようなんて考えは出るわけがなかった。

くうの考えが、なにひとつ間違っていなかった。


「ご、ごめん…もう言わないよ…」

「うん…ありがとう…」


くうは目を拭っている。


「んもぉ…女の子泣かせたぁ…」


くうがそう言った時に、とても申し訳ない気持ちと、いつものくうに戻った気がして笑顔になれた。


「うん、ごめんね、もう泣かせないようにするから」

「つぎはないからなぁ…」

「うん、ごめんよ」


それからは、くうがまたいつもの調子に完全に戻るまでくうの背中をさすっていた。


「もう、大丈夫っ」

「ならよかったよ」

「まったくぅ、女の子を泣かせたことをいつか後悔させてやるからな!」

「うん、わかったよ」

「ならよし」


くうは横でサッと立ち上がって、ぼくを見下ろしながら言った。


「かいくんに言いたいのはね、自分を必要としてる人は必ずしも自分の気づく範囲にいるとは限らないってこと」

「それは、どーゆーこと?」

「人間て、誰からも必要とされなくなったとき、本当にダメになっちゃうんだよ」

「誰からも?」

「そう、だけど、誰からも必要とされない人なんてほとんどいないよ」


くうは自分でうんっと頭を頷かせる。


「どんな人も、絶対にだれかからは必要とされてるの。それが家族じゃなくても、友達じゃなくても」


ぼくは本当にだれかに必要とされているのか。もしかしたら、過去にはいたかもしれない。だけど、今ぼくの気づく範囲では、両親くらいしかいない気がする。


「なるほどね」

「だから、かいくんにもたくさんの人を必要としてあげてほしいの」

「ぼくが、誰かを必要とするの?」


ぼくは誰かを必要とすることの詳細があまりわからなかった。


「そう、誰かを必要としてあげて。」

「でも、ぼくあんまり友達とか多いわけじゃないよ」

「うんうん、そんなことは関係ないの。別に、仲が深くなくたって良い。ただ、あの人と話したいなとか、それだけで良いの」

「それだけでいいの?」

「うん、それだけでいいんだよ。もしかしたらそれだけで救われる人がいるかもしれない」

「そっか…」

「だからかいくん、無理する必要はないけど、もう一度大学にいってみたら?」


くうの唐突の発言に、ぼくは反応するのが少し遅れてしまった。


「え、大学に??」

「そう、だって、もしかしたら大学の中にかいくんを必要としてる人がいるかもよぉ?」

「それはないと思うけどね」


ぼくは、これには確信があった。大学は高校みたいにクラスがある訳じゃないから、親しい友達なんていないし、顔が知らない人ばかりいる。


「まぁ、でも一度行ってみるのもアリだとは思うっ」

「そうかな…」


そこからはくうは何も言わずにいた。


「じゃあ、時間もあるから、次の海へ行こうかっ」


あっという間に時間は過ぎていた。

ぼくも立ち上がり、頷く。


「そうだね、いこうか」


ぼく達は次の海に向けて駅へ向かった。


次に到着した海も、探している海ではなかった。


「ここでもないかぁ」


くうはさすがに疲れてきたのかへなぁとなった。


「うん、やっぱりここでもないね」

「ねえぇ、かいくん」


くうが体を脱力させながら呼んできた。


「どうしたの?」

「私お腹すいたよぉ」


くうに言われて気が付いたが、ぼくとくうは海を探しているときはほとんど食事をしていなかった。

しかし、ぼくは普段から基本小食で、朝ご飯も食べることの方が少ないくらいなので、そんなことは微塵も考えていなかった。


「ぼくはあんまりお腹すいてないけどね」


そういうとくうは、ほっぺをぷくっと膨らませた。


「女の子がお願いしてるんだぞ!」


くうはなにかと女の子という言葉を悪用してくる。


「いや、そんなこと言われても…。分かったよ…」


くうに対抗しても無駄だとわかっているため、ぼくが早めに折れることにした。


ぼくたちは、海が見える日陰のベンチを見つけそこに並んで腰かけた。


くうに、なにを食べるのかと問いかけると、自分で持ってきていたみたいだ。


「え、まさかと思うけど、それってスープ…?」


くうはバッグから保温ができるケースを取り出したのだ。


「え、なにか悪いですかー?」

「いや、悪いとかではないけど、こんな真夏によく…」


くうがケースの蓋をあけると、中から湯気がもくもくと出ていた。


「まったく、かいくんはなにも分かっていませんねぇ」

「なにがですか…」

「こんな暑い日に熱いものを食べると、より一層おいしく感じるんだよ!」

「なにを言っているのか全く理解ができないです」


こんな会話をしながら、ぼくはコンビニで買ってきたおにぎりをひとつ食べながら海を眺めていた。


「あ、かいくんに朗報がありますよっ」


くうがにっこりと笑いながら言った。


「本当に朗報ですか?」


あまり信用ができなかった。

どうせ、今日はこれからもう一箇所行くとかそんなところだろう。


「今日は、これからもう一箇所海にいきますっ!」


やっぱりそうだ。


「そういうとおもったよ」

「え!嘘つけ!」


くうは図星をつかれたのが悔しかったのか、詰め寄ってくる。


「はいはい、じゃあすぐに行こうか」


ぼくはサッと立ち上がって歩いていく。


「ちょ、ちょっとまってよぉ!」

「ほらほら早く行くよぉ」




電車の中で、くうがぼくに次に行く海の写真を見せてくれた。


「ほら、こんな感じのところだよっ、綺麗でしょうっ」


その海は、かすかにぼくの記憶に残っており、少し懐かしさを感じた。

過去に来たかもしれないという要素も相まって、探している海はここじゃないかと期待が高まった。


目の前に広がった海を見たときにぼくの期待は砕かれた。

たしかに、とても綺麗で、わずかな懐かしさはかんじるがやはり違う。


「ここじゃ…ないな…」

「残念だぁぁぁ、私はもうつかれたよぉ」


くうはへなぁっと砂浜に座り込んだ。

ぼくはその横に座る。

このとき、ちょうど夕日が綺麗な時間で海や砂浜がすこし赤く染まっていた。


「夕日…すごいね…」

「うん、やっぱり何回見ても飽きないくらい綺麗だね」


本当にこの日の夕日は、一日に何度見ても飽きないくらいに綺麗だった。


「かいくんの探してる海はどこにあるんだろうねぇ」

「そうだね、長い道のりになりそうだね」


夕日はじわじわと水平線に沈んでいく。

この光景をみてぼくはあることを思い出す。


「ねえ、くう」

「んー」


くうは夕日を眺めて脱力したまま適当に返事をする。


「前に、ぼくに水平線を歩きたいって言ってたよね」


ぼくの言葉に、くうの体が少し反応した気がした。


「そんな変なこといったっけ…」


くうは少し聞かれたくなかったのかどこかとぼけているようだ。


「うん、いってたよ。水平線を歩けば空を歩いてることにもなるって」


くうは何も答えず夕日を眺めている。

ぼくはくうにもう一度声をかける。


「ぼくは、くうならいいかなって思って、大学に行っていない理由を言ったんだよ。

だから、ぼくにだってくうのことを少しでも教えてほしいんだ。」


くうはすこしぼんやりとした顔を続けてから口を開いた。


「私ね」

「うん」

「私、お父さんいないんだ」

「えっ…」


このとき初めて聞いたから、思わず声を出してしまった。

くうの顔ははじめて見るほど悲しげな顔をしていた。


「お父さん、私が小さい頃に病気で死んじゃったんだって」

「そ…そっか…」


相槌以外に適切な反応がぼくにはできなかった。


「だから、お父さんの顔は覚えてなくて、写真でしか見たことがないの」


ぼくは余計なことは言わずに、くうの話を聞くことに徹底した。


「お父さんは空にいるんだって」


くうは震える声で悲しげな顔のまま続ける。


「お父さんはいなくなったんじゃなくて、空に行っているだけなんだよってお母さんに言われてた」


くうが腕をふっと上げ、水平線を指さした。


「水平線は、空と海が繋がって見えるよね。だから水平線まで行けば…空を歩ければ…お父さんに会えるのかなって…」


気づけば、くうの目からは大粒の涙がこぼれていた。

ここからぼくとくうが話すことはなく、ただただ沈んでいく夕日を眺めていた。



「今日は帰ろうか」


くうの目は赤くはれていた。くうはぼくの呼び掛けに涙を拭いながら小さく頷いた。






「かいくん、今日もありがとう」


ぼくたちは図書館の目の前で向かい合っている。


「ううん、こちらこそ」

「かいくん、もし明日学校にいってみるんだったら、私のことは気にしなくて大丈夫だからね」

「うん、ありがとう」

「だけど、もしそれが嫌だったらここにきてくれれば、私かいくんのこと待ってるから」


くうはぼくを勇気づけてくれるだけじゃなく、逃げ場も用意してくれていた。


「うん」

「じゃあまたね、また晴れた日に」

「うん、晴れた日に」


そう別れを告げてぼくたちは逆の方向へと歩いて行った。



家についてから、母親に声をかけられたがろくな返答もしなかった。

今日はくうのことを新しく知ることができたが、いつも明るいくうからは正直想像できないことばかりだった。

しかし、くうに言われた言葉のおかげで、ぼくは明日は大学にいって一つでも授業を受けてこようと思えた。


くうの『誰かから必要とされているかもしれない』という言葉を信じて。







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