第36話 これが本当の兄妹

「ここまでお願いします!」

 

 七香に連れられタクシーに乗り込む。


「ねぇ、しっかりしなよ」


「……」


「ねぇ!!」


 七香が何やら耳元で大きな声を出している。が、今の俺にはその言葉を聞き取ることもできなかった。


 過ぎるのは最悪の展開。

 寝取りゲーでは別ルートで遙が無理矢理犯されていた。


 それが、未那になっていたら——


『ぁ、ぁ……ぁ』


『あれ、壊れちゃった? まぁ俺としては気持ちよくなるだから使えればそれでいいんだけど』


『おい辰、そんなに良かったのか……?』


『マジでよかった。お前らも使ってみたら?』


 死んだ動物に群がるハゲワシのように、未那の周りを他の男たちが囲う。

  

『………お兄ちゃん……たす、けて……』


 鼓動が早まる。

 嫌な汗が止まらない。

 吐き気がする。

 鳥肌が立つ。

 寒気がする。

 目眩がする。


 最悪の展開が現実になっていたのなら———


「翔太郎ッッッッ!!!」

「っ!?」


 耳元……いや、ゼロ距離で叫ばれた。

 めっっっちゃ耳がキーンってなった!


「何すんだよ七香っ!」


「アンタこそなんなのよ! いつもの勢いはどうしたのよ! 寝取りなんてぶっ潰すんじゃないの!! 私に宣戦布告したのにっ」


『俺はなぁ、寝取りが大っ嫌いなんだよ。安易に人の恋人を寝取って、その行為に満足した後はポイっ。それが何より許せねぇ……』


 あの日のことが頭を過ぎる。


 別に寝取りゲーの世界に転生したからって寝取りフラグを潰さなくても良かった。だってこれがエロゲだってことは俺しか知らない。


 なんなら未那とほのぼのと過ごすのでも良かった。


 選択肢は自分で決めていいんだから。


 だが、俺はそれでも寝取りフラグをぶっ潰す方を選んだ。誰も不幸にならない、寝取りが起こらない新たなルートを作るために動いた。


 その代償が今起きている。

 俺のせいで未那が拐われた。なら、俺が落とし前をつけるべきだ。


 まさか今まで敵対していた寝取りヒロインの七香に怒鳴られて改めて気づくとは……。


「……目が覚めた。ありがとう」


「それならいいですけど……私も熱くなりすぎました」


 先ほどまでうるさかったのが嘘みたいに静かになる。


「……一つだけ聞いてもいいんですか?」


「なんだ?」


「なんでそこまで未那ちゃん……妹のことで一緒懸命になれるんですか?」


 わざわざ聞くってことは、「妹の危機だから」とか、そんな単純な答えを求めてないのだろう。

 と言っても俺には名言ぽいことを言ったり、カッコつけることはできない。


 そう、ただ馬鹿正直に語るだけ。


「たった1人だけの血の繋がった妹だからに決まってんだろっ。それと兄が一番妹のことを分かってやれるってこと証明するためだ」


「そう、ですか……」


 七香はそれから黙ったままだった。


 やがて車通りの無い郊外の街中を走る。そしてついたのは廃棄工場。錆びれた塀があり、それについていた鍵とチェーンはそこら辺に投げ捨ててあり、中にはバイクが数台停まっている。


「まるで不良の溜まり場って感じだな……」


 緊張が高まる。

 だが、恐れず扉を開いた。


 そこに広がっていた光景は———






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