第47話 守りたいのは

 轟々と燃え盛り廊下を完全封鎖した炎を唖然と見るオルグの横で、リンドウは頬を染めながらくねくねとしていた。

「り、リンドウ殿……。何故、戻ってきたのだ……?」

「だってぇ! アタクシとしましては、もう優先ランキング不動の一位にオルグ様がおられるんですもの! そのオルグ様がアタクシの話をしていると聞いて、いてもたってもいられず!」

「誰に聞いた!?」

「この子ですわっ!」

「ホー」

「テトラ!? 外で待っていなさいとあれほど!」

 リンドウの肩には、漆黒のフクロウが何食わぬ顔で乗っていた。だがこうなってはモタモタする時間も惜しく、オルグはリンドウを促し走り出した。

「……リンドウ殿」

「はい! ハネムーンはどちらになさいます!?」

「いや……私には、書面上とはいえ婚約者がいるのだが……」

「オルグ様がアタクシのことを好きなら、何も問題はありませんわ!」

「しかし、私は一度ロマーナ姫にプロポーズした身で……その、今は不誠実に……」

「ロマーナちゃんはお受けなさったんですの!?」

「……いや……」

「じゃあノーカンですわ! そしてアタクシが堂々とお受けします! 好きですお慕い申し上げております結婚してくださいませ!」

「な、何故そこまでして私を……?」

「逆にお聞きしますが、好きだからって以外に理由はいるんですの!?」

「え、えええ……?」

 慣れぬド直球な好意に、ドン引きし困惑するオルグである。だが、当然ここは敵地のど真ん中。決して呑気に愛を語れる場所ではない。

 走る二人の両脇のドアが、バタバタと立て続けに開く。鼻をつんざくような腐臭に二人が顔をしかめた時、既に部屋からはゾンビが吐き出されていた。

「くっ……! これがそうか!」

 一体現れれば、そこから先は立て続けに。なだれるように、無数のゾンビがわらわらと廊下を埋め尽くした。大小さまざまなゾンビの手が、胡乱に伸ばされる。生きた肉を求めるように。あるいは、救いを求めるように。

 ただのゾンビだと思いこんでいれば、もっと割り切れたのだろう。しかし今のオルグとリンドウは、彼ら彼女らがどこに生きていた人たちであるかを知っていた。

「……ッ!」

 リンドウの顔は、恐怖に引き攣っていた。彼女の脳は、目の前のゾンビらを“かつてヒトだったもの”として認識してしまっていた。

「目をつぶっていろ!」

 だが、自分らは生きねばならない。オルグは硬直するリンドウとゾンビの間に入ると、容赦なく敵を胸で一刀両断にした。胸に嵌め込まれた石が砕ると同時に、ゾンビもその場で霧散する。

「リンドウ殿! 確認するが、こうなってはもう元に戻る術は無いのだな!?」

「……はい。少なくとも私は知りません」

「ならばせめて、人の手で介錯してやるまで! 彼らとて、この身に至ったからといって人を殺めたくはないはずだ!」

「……」

「リンドウ殿には傷一つ負わせん! あなたはただ、魔法使いの元に行くことだけを考えてくれ!」

「でも、私も戦って……!」

「彼らを殺めたなら、あなたはきっと苦しむだろう!」オルグは、リンドウに向かってきたゾンビを一刀両断した。

「ならば私はその苦しみからも守りたい! 私を想うと言ってくれるのなら、どうか聞き届けてくれ!」

 このオルグの言葉に、リンドウの目に光が宿った。まっすぐに行くべき道を見据えて、走り出す。行く先にいるゾンビはオルグが大剣で払いのけ、リンドウの足はもう止まらなかった。

 背後からは白い影が追ってきていた。ルフである。だが放つ電撃は惑い、見当違いの方向に飛んでいく。フクロウのテトラが、勇敢にもルフの視界を遮っているからだ。

「あと……あと少しですわ!」

 少なくないゾンビからの攻撃に息の上がるオルグに、それでも速度を緩めずリンドウは言った。

「一番奥の扉! そこにアタクシの知ってる魔力が集中しています!」

「わ……かった……! なんとか……そこまでは……!」

「行かせませんよ」

 テトラを振り切ったルフが、長い詠唱を始める。だが、今度は毅然とリンドウが振り返った。

「……何――?」

「アタクシは、臆病者だわ!」

「……は?」

「リンドウ殿、何を……!?」

「ゾンビがどうして生まれたかを知って、アタクシ誰一人倒せなかった! 何なら今でも悲しくて堪らないわ! 悔しいけど、オルグ様に頼りきって逃げたわよ!」

 取り出したるは、複雑に編まれた金糸に包まれた桃色の水晶。糸には、細かな呪文が書き込まれていた。

「でもね」

 水晶を眼前に掲げる。辺りの温度が一気に上昇する。

「アンタなら、アタクシにだってやっつけられんのよ!!」

 凄まじい炎が、ルフの体を包んだ。




「――ッ!!」

 アッシュに飛び掛かられたムンストンは、確かに怯んだように見えた。しかしそれも一瞬で、すぐに笑いながら両腕を広げる。

 あたかも、愛らしい子犬を招き入れる子供のように。

「ガウッ!!」

 ムンストンの上体は、アッシュの鋭い牙によって食いちぎられる。これで終わりかに見えた。相手が人であれば、終わるはずだった。

「……なるほど。やはり、“本体”ではありませんでしたか」

 歯車や謎の金属で出来上がった切断面に、ヴィンは舌打ちをする。

「ですが多少脅しつけることはできましたかね。行きますよ、布饅頭。早くロマーナ様を探し出さねば」

「待て、なんか歯に挟まってる」

「手伝いましょうか? 全部折れば二度と挟まることは無くなると思いますよ」

「我まで脅すな! ぬ? これは……」

 ころんと、アッシュの口から小さな機械が落ちる。覗き込んだそれには、地図にも似た画面に小さな赤い点が表示されていた。

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