第41話 鍵の秘密
「かつて我らは、大病を患った赤子のロマーナ姫を救う為、あなたの母であるチュチュ王妃に呼び出されました」
青い髪の魔法使いさん――ティカさんは、早口で話し始めた。私は相槌すら打てず、指一本動かすことも困難な苦しさに耐えていた。
「あなたの病気は摩訶不思議なもので、“器”から生命力と魔力がザルのようにこぼれてしまうものでした。我らは持てる力全てを使い、あなたの“器”を修理しましたが……その結果、あなたの体には命を脅かすほどの魔力が蓄積されてしまった」
「……」
「蓄積された魔力は、十二人の魔法使いがそれぞれ封印することとなりました。しかしそうなれば、ロマーナ様ご自身は一切の魔力を使えなくなってしまう。考えた我々は、鍵という封印方法を使うことで“開け閉め”できるようにしたのです」
「え……あけ、しめ……?」
「ええ。つまり」
私の胸元からオレンジ色の鍵が取り出される。くるりと心臓の前で回されるや否や、まるで嘘みたいに体の怠さが消えた。
「え……え!?」
「開けられるなら、閉められる。当然のことですが、やはりお伝えしなければ盲点だったようですね」
「あ……じゃあ、私もう大丈夫なの?」
「はい。お伝えするのが遅くなって申し訳ありません」
「ありがとうございます、助かりました! ではそろそろ離してください!」
「いえ、まだ少しこの状態でいてもらわねばなりません。せめてあと二つ話を聞いてもらうまでは」
「何故」
「安全処置です。私どもは、あなたがあの悪魔と暴れまくる現場をしっかり見ましたので」
「そこを突かれると何も言えません……」
そんなわけで、大人しく取り押さえられたままになった私である。ティカさんは私が静かになったのを確認してから、そっと鍵束を差し出した。
「それは……?」
「我らの持っている鍵をかき集めたものです。数本は行方が分かっておりませんがね」
「……私のほうは、オレンジ色の鍵を含めて四本の鍵の在処を把握しています。けれど、ティカさんが持っておられるのは五本ですね」
「ならば、三本の鍵が行方不明ということになります。まあ百年も経っているのですから、紛失もやむなしでしょうがね。とはいえ……」ティカさんは、ぐるりとその場にいる魔法使いさんを見回した。
「ここにいる魔法使いも、あの時の者全てが揃っているわけではありません。鍵が他の者の手に渡っている可能性もありますゆえ、十分お気をつけください」
「分かりました。お預かりします」
オレンジ色の鍵を加え、ティカさんは鍵束を渡してくれる。……まだ手足を押さえつけられているから、服の腰紐に結えつけてくれる形だったけど。
「ロマーナ様、あなたの器ではせいぜい三本の鍵を使うのが精一杯でしょう」
彼女は、重々しい口調で言う。
「四本目になると、魔力過多で死に至ると思われます。体にも負担がかかるのでご自覚できるとは存じますが、くれぐれもご注意ください」
「はい、気をつけます」
「では、早く残りの二つの鍵も閉めてください。使わないのなら、閉めておく。それが良いかと存じます」
「……ん?」
二つの鍵? 確か私に使われた鍵って、オレンジ色の鍵と黄色の鍵だけだったよね? オレンジの鍵が外された今、かかっているのは一本だけじゃ――。そう言おうとしたけれど、急ぐティカさんは次の話に移ってしまった。
「では二つ目は、こちらの悪魔についてお伝えしましょう」
「アッシュの?」
「姫はそう呼ばれておりますが、実際の名は違います。そうでしょう? “鎖の悪魔”よ」
「ぐぬっ!? 貴様、何故その名を!?」
アッシュは鼻先を鳥籠に押しつけて、ガタガタと揺らしていた。つまりこれは真実なのだろう。
「ちょっ……鎖の悪魔ってどういうこと? アッシュは悪魔だったの? まあみんなからバンバン言われてはいたけど……」
「嘘、我バレバレだったのか……?」
「でも本当に悪魔だとは思わなかったわ。ティカさん、どういうことですか?」
「……此奴は、百二十年前にノットリー国の魔法使いによって召喚された魔の者です。そのあまりの強さゆえ、地獄にて天使に封印の鎖を巻かれていたため“鎖の悪魔”と呼ばれていました」
ティカさんは、どこからともなく赤色に錆びた欠片を取り出した。
「しかし……地獄と地上は全く異なる場所。鎖の性質は変化し、封印の力が弱まったことで悪魔は解き放たれました。此奴の力は凄まじく、呼び出した当人であるはずのノットリー国の魔法使いらに抑える術はありませんでした。遂には、民にまで災厄が広がるかと思われましたが……」
「そうはならなかったの?」
「たまたま、サンジュエル国から来ていた魔法使いが、物理的な殴り合いの末に直接悪魔に封印の術を書き込むことに成功したのです。結果として悪魔はぬいぐるみの姿となり、その者の手によってサンジュエル国に持ち帰られました」
「え……悪魔と物理的な殴り合いができる、サンジュエル国の魔法使い? それってまさか――」
「ええ、あなたのお母様であるチュチュ様です」
「うわー!」
母の偉業というよりは、行使した力技にドン引きした私である。姫としては失格だが、娘としては順当な反応だと思う。
「そのぬいぐるみをどこで見つけたかは存じ上げませんが、封印が解けた理由は予想がつきます。魔力とは少なからず遺伝するもの。お母様に似たロマーナ姫の魔力に反応し、封印魔法の一部が緩んだのでしょうね」
「封印が緩むとかってあるの……?」
「あるでしょう。百年も経っていますし」
「そういうものなのかぁ……」
「お分かりいただけたのなら、最後の一つについて話しましょう」
ティカさんが私の手のひらに何かを握らせる。さっき、彼女がも見つめていた赤色の破片だった。
「これは、鎖の悪魔が封印を解き放った時に飛び散ったもの。つまり……鎖の一部となります」
「それがどうかしたの?」
「ええ。実は、この鎖の一部は――」
そこまでだった。扉の開く音が私達の会話を遮る。体を起こした先に見たのは、真っ白な女性と不自然に背の高い仮面の人。
「……同胞よ。ロマーナ姫を、お返しいただけますでしょうか」
ムンストン先生は、口元を引き攣らせたように笑っていた。
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