第29話 仮面の鳥
手前にいた男の石から光が放たれる。それは寸分違わず、アッシュの心臓を狙ってきた。
「フン」
それを軽くかわして、アッシュは指を鳴らす。ピンクの敵の足元に生えてきた黒いドロドロが、ばくんと一人を飲み込んだ。
「逃がさないわよ」
そしてこちらに向かってこようとする二人に、すかさずリンドウさんが呪文を唱える。杖から発射された炎の弾は男を二人捉え、着弾した瞬間炎の渦に包んだ。
けれど、倒したと思った数秒の後。
「効かねぇなぁ!」
炎の中から一人飛び出てきて、リンドウさんの腕を掴んだ。
「リンドウさん!」
「あら、アタクシ捕まっちゃったのかしら?」
「……魔女よ、我の助けが必要か?」
「いいえ、ご心配無くぬいぐるみちゃん」
リンドウさんの姿がドロリと溶ける。戸惑う男を残し、彼女の姿はあっという間にただの液体になってしまった。
「――錬金術が魔力を使って科学技術を発展させるというのなら、魔法とは魔力を使って自然エネルギーを発展させるもの」
声だけが、部屋の中に響いている。
「ヒトも、所詮は自然の産物だわ。水、炭素、酸素……」
「なっ……ど、どこだ!?」
「つまり、私はどんな形にだってなれちゃうわけ」
突然男の背後に美女が現れた。しかし男がそれに気付くことはなかった。リンドウさんが、強烈な一撃を彼の頭にくらわせたからである。
「ま、すんごい量の魔力を使うから多用はできないけどね。今のアタクシ、絶好調だから特別よ?」
「リンドウさん……すごいですね!」
「ワン! ロマーナ、我も褒めろ!」
残った男がリンドウさんに襲い掛かろうとした所、灰色の触手に捕らえられる。アッシュの変幻自在の髪による仕業だ。
……圧倒的である。ほんの僅かな時間で、二人は敵三人をやっつけてしまったのだ。
「ふふん、口ほどにも無い!」アッシュは腕を組むと、満足げにふんぞり返った。
「我にかかればニンゲンなど羽虫も同然! 無力である!」
「アッシュ、ありがとう。本当に助かったわ」
「ワン!」
「安心するのは早いわよ、お姫様。まだ外に敵がいるんでしょ? 早くコイツらを縛り上げて、次の手を考えないと」
「外に……そうだ、テトラ!」
リンドウさんの言葉にオルグ様の使い梟のことを思い出し、窓に飛びつく。といっても、相手は小鳥だ。梟が負けることはないだろうけど。
「え……!?」
だけどそこに広がっていたのは、意外な光景だった。
空を覆うのは、真っ白な羽。不気味な仮面と鋭い鉤爪を光らせた巨大な魔鳥が、真っ黒なフクロウを圧倒していたのである。
「テトラ!」
窓を開けてテトラを呼ぶが、彼女は私を避けるように反対側へと飛んでいく。恐らく、私から魔鳥の気を逸らそうとしてくれているのだろう。
「いいから、テトラ! 早く逃げて! あなたが怪我すること無いわ!」
「む、なんだあの白き鳥は。魔力の質からするに、あの時の不届き者か?」
「アッシュ、テトラを助けられる!? 多分だけど、白い鳥が今まで私達の情報を漏らしてた犯人よ!」
「つまり、あの白いのを捕らえれば大元にたどり着くと。だがそれはできぬ相談だ」
「なんで!」
「あちらを狙えばこちらが疎かになる。我がヴィンから命じられたのはロマーナの守護。故に貴様の要求は聞けぬ」
言い返そうとした私だけど、突然後ろからぎゅっと強い力で抱きしめられた。
「ちょっと魔力もらうわよ、ロマーナちゃん」
「リンドウさん……!」
「そのウネウネ布饅頭に頼らなくても、アタクシが締め上げてやるわ。任せなさい」
リンドウさんが杖を掲げ、仮面の鳥に狙いを定める。呪文を唱えるごとに、杖の先にある炎の球が大きくなっていき――。
「! いかん! 逃げろ、魔女!」
「え……」
アッシュの鋭い声が飛ぶ。――強い腐臭がした。気絶していたはずの男が起き上がり、凄まじい勢いでリンドウさんの元へ突進していたのである。
このままではリンドウさんが窓から突き落とされてしまう。そう思った私は、咄嗟に彼女の前に体を投げ出した。
「ロマーナちゃん!」
全身に鈍く重い衝撃が走る。胃の中のものが逆流しそうになって、うまく息が吸えなくなって。崩れる私を、リンドウさんが抱き止めた。
「ロマーナちゃん! あ、アタクシを庇って……!」
「落ち着け、魔女! ロマーナはただぶつかられただけだ! それより、此奴らを処理せねば……!」
今にもかき消えてしまいそうな視界の中、体の腐った人たちがゆらゆらとこちらに迫ってきていた。その胸には、真っ赤な石が光っている。
「窓の外にもワラワラ出てきてるわよ! 何あのゾンビ共!」
「……持っていた石を胸に嵌めたら、ああなるようだな。そしてあの姿になってしまえば、我は手出しできない」
「なんで!? さっきのドロドロ出して、好き嫌いせず食べなさいな!」
「好き嫌いの問題ではない。あれは――紛い物とはいえ“命の石”なのだ」
私の体をリンドウさんから引き取って、アッシュは言う。
「ゆえにこの身に触れれば、我は著しく弱体化してしまう。我と命は、対極の存在だからな」
「何それ……! アンタ、何者なのよ……!?」
「とにかく、今は形勢が悪い。撤退あるのみだ」
アッシュが窓に視線を向ける。そこには、仮面をつけた巨大な魔鳥が待ち構えていた。
「魔女よ、ロマーナを頼む。我があの鳥の気を引こう」
「気を引くって……!」
「行くぞ」
アッシュが割とぞんざいに私を放り投げた。しっかりキャッチしてくれたリンドウさんは「ああもう!」と嘆くと、何やら呪文を唱える。私の体は、シャボン玉みたいな膜に包まれた。
窓をくぐる。アッシュの攻撃の隙間をすり抜けて、私たちは空へと飛び出した。
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