第27話 アジト

 しかし、異常はそれら腐乱死体だけではなかった。

「公爵、危ない!」

「ッ!」

 オルグの背後から覆いかぶさってきた何かを、ヴィンが蹴り飛ばす。二人が見たのは、腐臭を撒き散らしながらよろめく人間。

 ドロドロに爛れた皮膚と、腹から覗いた肋骨。指は何本か無くなっており、今ぼとりと目玉がこぼれ落ちた。

「……僕とキャラが被っている!」

「言ってる場合か!」

 他の死体らもゆらりと起き上がり、ヴィンとオルグに向かってくる。その胸には、薄い赤色をした石が埋まっていた。

「ヴィン殿、あれは?」

「……恐らくエネルギー源でしょうね。あの石が死体を動かしているのかと」

「つまり壊せば無力化できるのだな」

「検証してみるとしましょう」

 オルグが巨大な剣を振るって死体をなぎ倒した後、ヴィンが正確な突きで狙う。赤い石が砕け散ると同時に、糸が切れたように死体は崩れ落ちた。

「この調子で全員倒しますよ。まったく、何者の仕業か知りませんが死者を手駒とするなど命への冒涜です」

「全く同意見だが、お前が言うと複雑な重みがあるな」

「余計なことを言わない」

 その会話を最後に、二人は手際良くゾンビを片付けていく。街中にあるアジトとはいえ、ここは廃屋に隠された地下。こもった空気に何度も胃のものが逆流しそうになったオルグだったが、歯を食いしばって剣を振り下ろした。

 だが、最後の一体に対峙した時である。ゾンビの左腕を目にしたオルグは、ピタリと動きを止めた。

「その刺青……貴殿、まさかトゥミトガ団のバツロウ殿か!?」

「バツロウ殿? そのゾンビがですか?」

「ヴィン殿、このゾンビを元に戻す術は無いか!? 我らはこの者から情報を引き出しに来たのだ!」

「情報どころか会話も無理でしょう。そもそも――」

 ヴィンの冷たい目がオルグの横を抜ける。次の瞬間、バツロウの体から全ての力が抜けた。

「“それ”は、既に死んでいます」

「……!」

「情けをかけたいというのなら、哀れなる傀儡の身から解放してやるべきかと。死者に必要なのは、安寧と残された者からの祈り。それだけです」

 ヴィンは剣に付着した血をサッと布で拭うと、鞘に戻した。地下室は今や、完全に沈黙した死体が山となっている。オルグは顔を背け、うずくまった。

「……誰が、こんなことを」

「僕らですよ」

「そういう意味じゃない」

「分かっています。すいません、僕も動揺しているようです」

 ヴィンは体を屈めると、バツロウの死体を漁り始める。咎めようとしたオルグだったが、それより先にヴィンがある物を差し出した。

「なんだ、これは……小切手? とんでもない金額が書かれているが」

「ええ。残念ながら、換金する前にこうなったようですね」

 ヴィンは、トントンと振出人の欄を叩く。

「バーンダスト。この名に心当たりは?」

「……いや、無いな」

「では直接当たってルートを遡ってみましょう。公爵、可能です?」

「やれんと言ったら、お前はかなり強引な手段に出そうだな」

「ロマーナ様を攫おうとした奴らですから。手心を加えるつもりはありません」

「分かった、調べておこう。小切手を渡してくれ」

「はい。……おや? この男、まだ何か持ってますね」

 遺体が傾いた弾みで、バサバサと服から紙の束が落ちた。拾ってみるとその殆どは写真であり、写っていたのは全て違う老人達であった。

「……これは」

「なんだ、ヴィン殿。その者らを知っているのか?」

 そう問われたヴィンの目が、オルグに向けられる。青ざめているように見えたのは、彼がアンデッドだからだけではない。

「この方達を……僕は、知っています。百年前、サンジュエル国に出入りしていた魔法使いです」

「百年前? えらく昔の話だが……何故、その者らの写真をトゥミトガ団のボスが持っているのだ」

「……」

 ――トゥミトガ団のアジトにいたゾンビ。連絡の取れない魔法使い達。ロマーナに関わる十二本の鍵。そして、バツロウの持っていた写真。

 ……そうか、こちらは囮か。バラバラだった情報に一つの答えを見出したヴィンは、通信機を取り出しある女性の名を呼ぶ。しかし応答は無い。乱暴に舌打ちし、ヴィンはオルグを振り返った。

「公爵。例のフクロウはいますか。至急ロマーナ様に言伝したいことがあります」

「テトラか? い、いや、すまない。彼女は今、別件で出ており……」

「別件?」

 ヴィンの目つきが鋭くなる。あまりにも冷ややかなその目に、オルグは「うっ」と身を引いた。

「……前々から思っていましたけど、あなた何か隠してますよね? ロマーナ様の益になるならいいかと見逃していましたが、そろそろ白状する潮時ではないですか?」

「な、なんのことだ」

「その反応で今更そういうこと言います? つくづく損な性格ですよ」

 ヴィンは、人差し指をオルグの胸に突きつけた。

「黒梟は今、ロマーナ様の元にいる。違いますか?」

「……!」

「話してください。あなたは、何を掴んでいるんです?」

 オルグは、青い顔をして黙っている。喋りたくないというよりは、何を話すべきか迷っているのだ。そう判断したヴィンは、苛々と息を吐いてオルグの胸を軽く小突いた。

「……まあ、行きながら教えてください。今は時間がありませんので」

「わ……私も同行して良いのか」

「良いも何も、あなたはロマーナ様側の人間でしょう」

「……」

「無論、やっていたこと如何によっては一旦ぶちのめしますけど」

「……すまない」

「謝るより先に足を動かしてください。ほら、急ぎましょう」

 うなだれる公爵の大きな図体を残し、とっととヴィンは部屋を出て行こうとする。だがオルグは、最後にひとつだけ彼に質問をした。

「教えてくれ。今、ロマーナ姫が狙われているのか?」

「……彼女だけではありませんよ」

 ヴィンは、公爵に一枚の写真を見せた。そこに写っていたのは黒髪の美女。

「ロマーナ様と共にいる魔法使いもまた、狙われています」




「うーん、やっぱり返事は無いわねー」

 リンドウさんは、テーブルに頬杖をついて通信機の画面を見つめていた。鍵を持っていると思われる、魔法使いからの連絡を待っているのだ。

「お近くのおうちなら、今から一緒に訪ねてみますか?」

「嫌よ。そんなことしたらアタクシ、ヴィンに細切れにされちゃうもの」

「んもう、ヴィンはそんなことしませんよー」

「……」

 リンドウさんは珍獣を見る目で私を見た。心外である。

「……む? 誰か城の前にいるぞ」

 そして、おやつのせいでいつもより丸くなった気がするアッシュが顔を上げた。ヴィンが帰ってきたのかと思ったけれど、どうやらそうじゃないらしい。

「あら、お客様かしら?」

「いえ、観光客か不届きな侵入者かと」

「難儀な自宅よね……」

「大抵の人はイバラにドン引きして帰ってくれるので、問題無いんですけどね。今日はヴィンもいないし、居留守を使えるといいんだけど……」

「そういうことなら、我の力で姿を見てみるか?」

「え、できるの?」

「ワンッ!」

 アッシュは、ふかふかの胸を張って鼻を鳴らした。

「城の前ぐらいまでなら、我の“目”は届く」

「すごいのね! じゃあお願いできる?」

「うむ! ウー……」

 目を閉じたぬいぐるみが、きちんとおすわりをして集中している。愛らしい姿にリンドウさんと目を細めていると、彼は口を開いた。

「む、見えたぞ。その者、顔を覆い……怪しげな石を持っておる」

「え……石?」

 私の脳裏に、一週間前の侵入者の姿が蘇る。――まさか、トゥミトガ団の仲間? だとしたら、心してかからねばならない。思わず身構える私だったけど、まだアッシュの情報は残っていた。

「そして……これが一番妙なのだが」

「な、何?」

「全身が、ショッキングピンクに染まっておるのだ」

「……」


「ショッキングピンク?」


 なんともファンシーな訪問者に、心してかからねばならないはずの私は、しっかり困惑させられていた。

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