第25話 平穏な一週間
それから一週間ほど、私はまさかの穏やかな日々を過ごしていた。
「トゥミトガ団のリーダーであるバツロウ殿について調べているが、未だアジトの尻尾すら掴めていない」
ヴィンの入れた紅茶を飲み、オルグ様はため息をついた。
「どうも転々とアジトを変えているようでな、奴の部下から聞いた場所は既にもぬけの殻だった。私の兵を動かして足取りを追っているが、どうも手応えが無くてな」
「となれば、今は手の打ちようがありませんね。困ったものです。いっそ城(ここ)に来てくれれば、やりようがあるのに」
「だから防御壁であるイバラの量が露骨に増えていたのか……。何ならここに来るまでちょっと引っかかったぞ」
「鍛錬が足りませんね、ガラジュー公。そんなことじゃロマーナ様はお渡しできませんよ」
「ぐっ」
……あの私の大爆発以来、オルグ様との結婚について勧めてこなくなったヴィンである。むしろ避けているようにすら見える。きっと、私の「好きな人は自分で見つける」という発言を尊重してくれているのだろう。
オルグ様に手製の砂糖菓子を出して、ヴィンは静かに微笑んだ。
「そうだ、僕が直接例の全裸共(※捕らえたトゥミトガ団の四人)に尋ねてみるのはいかがです?」
「何をする気だ、何を」
「僕になら新しい情報を吐くかもしれませんよ」
「やめろ。それに、今彼らは私の庭園を預かってくれている大事な人手だ。万が一があってはいけない」
「え、あの方達にお庭のお世話を? 大丈夫なのですか、オルグ様」
「はい。皆嘘みたいに澄んだ目で作業してくれておりますよ」
オルグ様は、ちょっと怖いお顔をくしゃりとさせて笑った。ヴィンはといえば、涼しい顔をしてカップを傾けている。
「出た、ガラジュー家の最終兵器。お気をつけてくださいね、ロマーナ様。彼の庭園に招かれた者は皆すべからく心が洗われ、別人のごとく人格が変わってしまうのです」
「人の庭を洗脳装置みたいに言うな!」
「布饅頭を連れて行った日には、一瞬で浄化され灰も残らないでしょう」
「そっか……。ごめんね、アッシュ。オルグ様のお庭にご招待された時はお留守番しててね」
「ワン?」
口いっぱいにヴィンの手作りマカロンを詰め込んだアッシュが振り返った。可愛い。なでなでしていると、オルグ様が不思議そうに首を傾げた。
「しかし何度見ても驚きますね。一体何者なのですか、アッシュ殿は」
「アッシュはアッシュよ。甘いものが好きな可愛いぬいぐるみ」
「確かに可愛いとは思いますが……」
「無礼者! 我に触るな!」
「現在進行形で、私はぬいぐるみという概念を根底から覆されています」
オルグ様とはこんな感じだった。……正直、疑ってはいたけれど、ここまで協力的だったらもう潔白と言ってもいいんじゃないかな。でもヴィンはまだ思う所があるみたいで、その件について何も言わなかった。
そして、事態が進展しなかったのはリンドウさんのほうも同じである。
「魔法使いのみんなから返事が無いのよね」
遠隔通信ができる機械の中の映像で、美女が物憂げに頬に手を当ててため息をついた。
「といっても、錬金術関係の技術とは縁遠い人たちが多いから、もともと連絡はつきにくいのだけど。それでもやり取りができないのは心配だし、歯痒いわね」
「近場の方なら、様子を見に行ってみてはいかがです?」
「もう行ったわよ。でも全員留守だったの」
「全員ですか? それは……妙じゃありませんか?」
「魔法使いならそうでもないわよ。根無草みたいな人も多いし」
「そうですか」
「ま、全員の家に魔法で伝言を残してるから、帰ってきたら気づくでしょ」
「伝言?」
「家に帰ってきた瞬間、アタクシと声が繋がる爆裂果実を仕掛けてきたの。伝言を聞いてから一定時間内に返事をしないと、弾け飛んでピンク色の果汁を一帯に撒き散らす魔果実」
「それはまた迷惑なものを仕掛けましたね……」
「このアタクシに足を運ばせたのだから当然でしょ?」
相変わらずリンドウさんはいい性格をしていた。高飛車といえばそうなのかもだけど、だんだん癖になってきた私がいる。できたら友達になりたい。
「あと、例の石だけどね」
「ああ、トゥミトガ団の持っていたものですね。何か分かりました?」
「あれは錬金術で作られてたってことが分かったわ」
「……へぇ。つまり、人工物と」
ヴィンの表情が少し硬くなったように見えた。
「そうよ。魔力を圧縮させて特殊な入れ物に保存して、あたかも魔法使いがするみたいな使い方をすることができる石。言うなれば魔力発生装置って所かしら? ま、それでも紛い物であることには変わりないけど。五回も使えれば上等ね」
「しかし、一体誰がそんな物をチンピラに?」
「私が知るわけないでしょ。でも……そうね」
映像のリンドウさんは、真っ二つになった石を下から眺めていた。やっぱ割ってたんだな、この人。
「とんでもなく錬金術に精通した人には間違い無いわ。だってこんな小さな入れ物に、これだけ魔力を詰め込めるんだもの。今までの技術では考えられないことだわ」
「錬金術に精通した人、ですか」
「や、知らないわよ? アタクシこの考察に何の責任も持たないからね?」
「ですが、その技術が表に出てないのは疑問だと思いませんか?」
「さあ? アタクシ興味無いもの」
「チッ」
「アンタ今舌打ちした?」
「よし、もう用はありません。哀れなる魔法使いがピンク色に染まったら、またご連絡お願いします」
「その前にアンタのスカした前髪をチリ毛に変えてやろうかしら」
喧嘩するほど仲が良い、というものだろうか。リンドウさんのことを好きにはなってきたけれど、やっぱり二人のやり取りを横で見るのはモヤモヤする。
けれどそれ以外は、本当に平穏な一週間だったのだ。ヴィンと食事をして、他愛ないおしゃべりをして。あと、冷やかしみたいな侵入者にはヴィンとアッシュによる容赦の無い鉄槌が下されて。
「布饅頭、そっちに一人行きましたよ! 決して殺さぬよう、気をつけて御成敗ください!」
「ワウッ! 剣を振り回しながらでは説得力が無いのう!」
「さて、あなたのお相手は僕がしましょうか。何せ我が身はアンデッド。人体の欠損に対して頓着が無くなってから長いので、あなたも腕の一本や二本は御覚悟くださいね」
……全員、泣きながら帰って行った。怪我は無かったみたいだけれど、心にはそれなりに大きな傷が残ったのではないかと思う。
そうしてヴィンとアッシュと広いお城で一緒に暮らした私は、何度も考えたものである。もしかして、こんな日がずっと続いていくのではと。こうしてみんなで笑い合える日を送ることができるなら、それが一番いいと。
けれど、やはり私が立っていたのは仮初の平穏の上だった。
「――トゥミトガ団のアジトが判明したようです」
幕開けは、オルグ様の使い鳥である漆黒のフクロウのテトラからだった。手紙を持ったヴィンは、真剣な顔で私を振り返る。
「明朝、僕とガラジュー公はアジトへ向かいます」
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