第4話 どんな姿でもあなたが好き

 でも、そんな私の期待はものの十五分でぶっ飛んだ。

「血ーーーーーーっ!!!!」

「あ、これは失礼」

「わああああっ! うで、腕が! 腕がばっさりやられてる! ああああっ!」

 スタスタ平然と歩いてきたヴィンの左腕には骨まで達していそうな大きな傷ができており、そこから濁った赤黒い体液がぼたぼたと垂れていたのである。

 どどどどうしようどうしよう! こういう時って縫えばいいの!? でも百年ぶりだし、ちゃんと玉どめとかできるかどうか……!

「大丈夫ですよ」

 けれどヴィンは、パニックになる私を片手で制して微笑んだ。

「僕はアンデッドです。この程度の傷なら、三十分ほど放置しておけば治ります。それよりロマーナ姫のお召し物を汚してしまってはいけません。どうぞ離れてください」

「私の服こそ二の次よ! あああ、でも痛くないの!? そりゃあれだけおっきい剣だものね、ちょっとは当たっちゃうよね……!」

「……。痛みは、多少ありますが。所詮死なないと思えば、慣れたものというか」

「痛いのね!? じゃあ早く治そう! 私にできること無い!?」

「姫様に?」

 ヴィンのエメラルドの瞳が、大きく見開かれる。それを見た私は、また彼の目がこぼれ落ちるんじゃないかと思って慌てて両手を揃えて受け止める準備をした。

「……ふっ」すると彼は、思わずといった様子で吹き出した。

「ふ、ふふ……ロマーナ姫は、本当に御人柄がよろしいんですね。お優しくていらっしゃる」

「な、なんで笑うの」

「ふふっ……す、すいません。ちょっと……だいぶ新鮮で」

「?」

「いえ、なんでもありません」

 怪我をしてない方の手で口を押さえ、あっちを向いて笑っている。一体、何がおかしかったというのだろう。もしかして私、知らない内にダジャレとか言ってた?

 笑うの堪える顔もかっこいいな。

「恐ろしくはないですか? 僕のことは」

 そして、藪から棒に尋ねられた。……恐ろしい? ヴィンが? なんで?

「あ、痛そうな怪我してるのは嫌だなって思うけれど」

「そうではなく。……今の僕は、人格等は変わっていないとはいえ人ならざる身。いわばバケモノです」

 淡々と、なんでもないように彼は言った。

「つまり、人間であるロマーナ姫とは違います」

「そんなこと」

「しかし事実です。僕を見て気味が悪くなったり、不快な思いをしたりなどはありませんか?」

「無いよ! 元を正せばヴィンがこうなったのもお母様の仕業だし、私はあなたがどんな姿になっても……!」

「なっても?」

 綺麗な瞳がじっとこちらを見て、言葉に詰まってしまう。陽の光によく透ける髪が、顔の傾きに合わせてサラリと揺れた。

「……ッ! ヴ……ヴィンはヴィンだから! 私気にしない!!」

「え」

「たとえ腕とか頭がもげても平気よ! ほら血とかも全然大丈夫ウワーッ!」

「無理しないでください!」

 危うく告白しかけたのをごまかすため、ヴィンのもげかけた腕を掴み再接着を試みようとした私である。でも思ったより出血していたため、手が滑った勢いですっ転んでしまった。なんで? なんで私、手と足の動きが連動するの? 鈍臭過ぎて泣けてくる。

 ……想いを伝えるのは、やぶさかではないのだ。だけどヴィンは、アンデッドになって百年も私を守ってくれたほど忠実な騎士なのである。そんな彼の優しさと立場を困らせてしまうような私の気持ちなら、知らせないほうがいい。

 ――今は。

 今はね! いずれはヴィンが「ロマーナ姫、素敵過ぎます! 勿論結婚しましょう!」と言ってくれるまで、頑張って魅力的な女の子になるんだから! その日まで告白は保留! そういうことで!

「ロ、ロマーナ姫、お怪我はありませんか? すいません、妙な質問でお気を遣わせてしまい……」

「ヴィンは悪くないの。悪いのは私の運動神経なの」

「百年も眠っていたのです。まだうまく体が動かせなくても仕方ありません。ささやかながら僕も助力いたします故、少しずつ慣れていきましょう」

「好き!!!!」

「すき?」

「あ、えっと、お腹すっきすき!」

「ああ、空腹なのですね。すぐに昼食にいたしましょう」

 よし、ごまかせた。実際お腹ぺこぺこで、ダメ押しでお腹鳴ったのが良かったのかもしれない。いや何も良くないな。ただただ恥ずかしいだけだな。

 ヴィンは私の隣に並んで、歩いてくれている。本当なら少し後ろを歩かなければならないのだけど、寂しいと駄々をこねたらこうしてくれたのだ。優しくて好きが止まらない。

 けれど、やっぱり気になるのは痛そうな彼の腕。私はおずおずと尋ねた。

「……ねぇ。腕、もう一回押さえていてもいい?」

「いえ、結構です。お気持ちだけで十分ですよ」

「触られると痛むの?」

「痛みは問題ありませんが、ロマーナ姫の手が」

「あ、そっか! 一度床についた手じゃ清潔じゃないもんね!」

「え?」

 私は急いで、ドレスの隙間に隠していたものを取り出した。

「ハンカチ!」

「ハンカチ?」

「両手で持ったらダブルハンカチ! ね! ちゃんと手を覆うから、押さえてもいい!?」

「……ええと、そういうことではないのですが……」

「違うの……?」

 もしかして、まだ足りなかったのだろうか。ハンカチの厚みとか、枚数とか……。私は、しょんぼりとした気持ちでヴィンを見上げた。

「ごめんなさい……私気が利かなくて。ヴィンはお城を守るために戦ってくれて、それで傷ついたでしょ? だから、何かできることがあればと思ったんだけど……」

「そんな、気にしていただくほどのことでは」

「でもなんでも言ってね! 私、ヴィンの傷がちょっとでも早く治るならたくさん頑張るから!」

「……ッ!」

 ヴィンの動きが止まった。口元を手で押さえ、何故かそっぽを向いている。どうしたのかと思ったけど、聞く前に彼はぼそっと言った。

「……その。放置しておくよりは、接着状態にしておくほうが早く治ります……」

「そうなの!?」

「はい……。……な、なので大変恐れ入りますが、僕の腕を押さえておいてくれると助かるのですが……」

「わぁ、いいの!? 任せて!」

 良かった、できることあった! 私は嬉々として、ヴィンの腕を両手で掴んだ。

「ありがとう! くっつくまで離さないから、安心してね!」

「……ありがとうございます……」

「うん!」

 ――食堂につくまで、何故か全然こちらを見てくれなかったけど。私は彼の役に立てたことで、大変満足していたのである。

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