第2話 百年前の顛末

「百年前、美しきサンジュエル国は隣国ノットリーによる奇襲に遭い、滅びました」

 小さな自分の部屋は清潔に保たれて、シンプルながらも可愛い調度品が並ぶ。窓の外では穏やかな青空が広がって、どこかで鳥が鳴く声がした。

 百年経っているなんて考えられないほどに、私の知る当たり前の世界だった。

「友好国の突然の変心に、多くの命が失われました。街に火が放たれ、兵は必死で民を逃がそうとしましたが……最前線にいた王は、戦禍に飲まれて亡くなりました」

「……そうでしょうね。誰よりも民を思う父だったもの」

「ええ、素晴らしい方でした。そして逃げられないと悟った王妃は、姫に百年の眠りにつく術をかけました」

「眠る前から思ってたんだけど、それむしろ私逃げられなくなるよね?」

「ところがどっこい、代々サンジュエル国に伝わる超絶安全スリープ装置がありましてですね。そこに入ると百年出られなくなる代わりに、外部からの攻撃を一切受け付けなくなるのです」

「あ、もしかして今私が寝てるこのベッド!? そんな恐ろしいものだったの、コレ!」

「なんでも大昔に交流のあった国の王が発明家だったそうで……。友好の証として、この装置を贈られたとのことです」

「異文化の極みだなぁ」

「遥か海の向こうの国だったそうなんですが、ドラゴンの背に乗ってやってきたとか何とか。まあどこまで本当か分かりませんが、とにかくそういった装置にロマーナ姫はしまわれ、敵は手も足も出せなくなりました。加えて姫が一時的な仮死状態に入ったことで、自動的に城の防御システムが作動。真っ白な城壁は瞬く間に来る者を全て拒む仕様に早変わりし、今では鋭い棘の生えた巨大な蔦が城全体を覆い尽くしているのです」

「嘘でしょ!? ……うわ、ほんとだ!」

 窓から見下ろしてギョッとした。ヴィンの言った通り、城の壁には無数の棘を生やした蔦がウネウネと絡みついていたのである。

「……思うんだけど、こんな防御システムがあったなら、私が仮死状態にするのを待たず早急に使うべきだったんじゃ?」

「ですが、代わりに中にいる者は例外無く閉じ込められてしまいます。故にあくまで姫を守る為の最終手段でした」

「じゃあお母様はどうやって外に出たの?」

「あの方の戦闘能力を甘く見ないでください」

「ああ、はい……」

「そして僕は、王妃様よりロマーナ姫を守る勅命を受け、不死の体を授けられました」

 ヴィンは、静かに胸に手を当てた。

「あの日より、僕は歳を取ることも死ぬこともなくなりました。どんなに酷い怪我をしても、時間さえ経てば元に戻ります。まさに、姫を守るにはうってつけの能力でした」

「……ごめんなさい」

「何故謝るんですか? 僕は、父も母も兄弟もいない天涯孤独の身です。むしろ、騎士として姫を守れる任に就けることを誇らしく思うぐらいです」

「でも、すごく寂しい思いをさせたんじゃない?」

「……いいえ」

 私の問いに、彼は優しい目をして首を横に振った。

「一日一日が楽しみでしたよ。ただ日々を暮らすだけで、また姫に会える日が近づいてくる。今日を思えば、百年の時など何のことはありません」

「ヴィン……」

「それに、新しい趣味もできましたしね」

「え?」

 その時である。突如爆弾が落ちたかのような凄まじい揺れと音が、私達のいる部屋を襲った。

「ほあっ!? な、何!? 地震!?」

「……ふむ、侵入者のようですね。ロマーナ様、しばしこちらでお待ちいただけますか」

「ししし侵入者!?」

「ええ。百年前こそ、ここは地上の太陽と呼ばれた美しき城だったでしょう。けれど今は、見ての通り防衛と迎撃に特化した羽虫一匹通さぬ鉄壁要塞」

 ヴィンは腰に下げた剣をひと撫ですると、立ち上がった。

「しかも当要塞を攻略した者は、城の奥深くで眠り続ける至上の美女を手に入れられると言われているのです。キスで目覚めさせれば永遠の愛を手に入れられる、錬金術における極上の素材になる、煮て食べればとても美味……。噂が噂を呼び、今や様々な臆測が飛び交っております」

「もはや風評被害の域じゃない!?」

「その結果、腕に覚えのある独身者や名のある錬金術師、一発当てたい商人、飢えた魔物どもが次から次へと城を訪れるようになりました」

「うわー!」

「ちなみに近くの国では、“眠れる美女まんじゅう”なるものも売られております」

「その情報はどうでもいいかな!」

 でもせめて私の許可を取ってから作って欲しかったな! あ、でもそうなると私が起きちゃうからお饅頭売れないのか。ままならないなぁ。

 なんて余計なことを考えていると、またものすごい音がして体が跳ねた。

「さて、時間がありませんね。行ってきます」

「え、大丈夫なの? ヴィン一人で……」

「まあ僕はアンデッドなので、死ぬことはありませんよ。それに……」

 窓のへりに足をかけた彼は、振り返って微笑んだ。

「こう見えて、百年ほど鍛錬しておりますから」

 そしてヴィンは、空の青の中に落ちていった。

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