#2 盲目な決意
半年ぶりに並べられた言葉達は落ち着きがあり、整然と彼女の近況を伝えていた。しかし、そのどれもが、私の眼を通り抜ける事はなかった。
「血だ……」
私は、それが人の血液であると理解するのにいくらか時間がかかった。
そのページを開くと文字らしい文字が、半年間の出来事を語り始めるのだが、どうにもその言葉を飲み込む事ができなかった。そのページの片隅には、赤黒く嫌悪感を覚えるようなシミが3つあり、その黒ズミたちが、私の鼓動に合わせて脈打ちながら私の視界を遮っているのだ。
私はそのノートを閉じることも出来たが、そうはしなかった。ここまで読み進めてきた私は、彼女の人生に目を背ける事が出来なくなっていたのである。
軽く深呼吸で息を整えた私は、まるで真夜中にトイレで起きた子供のように、ただ自分の目的を果たす事だけに集中しながら、文字を追いかけた。
春になりました。私はあの後、通信制の高校に通う事になりました。夜は居酒屋でバイトもしてます。
あれ以降、由佳とは連絡を取っていません。親友だと思っていたので寂しい気もしますが、今は後悔していません。
新しい学校では通信制ということもあり、ほとんど誰とも接する事はありません。私自身、もう誰かと馴れ馴れしくするのは辞めました。この世界に信用できる人なんていません。誰一人。信用するから裏切られる事を、私は知りました。
彼女の言う事は、あながち間違いではない。しかし、誰一人信用出来ないと言うのも、大袈裟な話だと思う。そんな事を考えていたら、ふと、昼間の自分の行動が流れ星のように脳裏に一瞬現れて消えていった。
「私もだ……。」
思わず口ずさんでいた。
昼間、大学の教室に入った時、私もその場にいる人達を誰一人信用していなかった。
でも、よく考えたら、私は彼らの事を何一つ知らない。それなのに、どうして"仲良くなることは無い"なんて考えたのだろう。もしかしたら、私も彼女と同じように、過去の経験から彼らの気持ちを決めつけていたのかもしれない。
彼女の記した言葉から、思わぬ発見をした私は、彼女の思考が行き着く先を確認するために、足早に続きを読み進めていく。
私には、お父さんはいません。小さい時に病気で亡くなりました。それ以来、お母さんが私と妹の2人姉妹を育ててくれています。お母さんは昼も夜も関係なく働いて何とか生活している感じです。
妹は私と違って頭が良くて、友達も多くて、まるで私とは正反対です。
私だけが唯一、何も出来ず、何の努力もせず、ただ無駄に毎日を生きています。
きっと…
私なんて…
文字が歪み始める。まさかとは思うが、こういう時の直感とはよく当たるものだ。私が想像できる中で最悪の自体が起きようとしている……。
生きている意味なんて無いんです。
私がいなくなった方が、お母さんにも妹にも、私が関わる全ての人に迷惑をかけずに済む。
さよなら。
この言葉に重なるように、彼女の苦血が残されていた。
しかし、それらには、先程までの荒々しさはなく、ただ冷たく彼女の痛みを伝えているだけだった。
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