204日記
佐々木
#0 春の朝
窓の外で無機質に流れる桜を見て、私は絶望していた。
朝日が入り込んでくると、先ほどまで虚無的だった私の心が急に痛み始める。
「今日からまた、始まる……」
そうつぶやいた私は、椅子の上で抱えていた膝を降ろして立ち上がる。
この春、私は晴れて女子大学生となった。といっても、入学したのは志望校ではない。いわゆる滑り止めの大学である。奨学金を借り、独り暮らしをしながら通うことになる。
引越しの荷解きが住んでいないので昨日コンビニで買っておいたパンを咥えて、髪を頭の後ろでしばる。外では、春休みを終えた小学生が、それぞれの思い出を語り合いながら新学期に向けて登校している。その声を聞いた私は、思わずため息をついた。
身支度を整え終えると、自転車に乗り大学へと向かう。道中には、春の訪れを良く思わない雪解け達が身を寄せ合っていくつかの集団をなしている。それを横目に、傲慢な春の風が桜を纏いながら私の横を吹き抜けていく。これだから春は嫌いだ。
大学に着くとある教室に案内された。そこには、久しぶりの再会に喜び合う人々や数ヶ月前までの戦歴を話し合う人々などが思い思いの時間を過ごしていた。しかし、その中で私だけが唯一、笑っていなかった。そればかりか、この先ここにいる人と仲良くなることは無い、と確信していた。そんなことを考えながら空いている席に座ると、間もなくして一人の先生と思しき人が教壇に立ち、今日の流れを説明し始めた。
淡々と進められる説明を聞き流し1時間ほどのオリエンテーションが終わると、私達は解放された。
先程まで時計が刻む音ですら耳元で鳴っているかの様に聞こえていたのに、急激にその音が聞こえなくなる。私は、その騒々しさにやられる前に教室を出たが、どこも変わらなかった。
宛もなくさまよっていると、いくつかのサークルに勧誘されたが、私は全て断った。おそらく、いや、間違いなく顔に出ていたと思うが、気にせずに歩みを続けた。この大学に居場所がない事を察し、私はそのまま自転車へと向かう。
帰り道、信号待ちをしていると平屋の屋根の上から猫に睨まれた。私が面白くなさそうな顔をしていたから、猫としても睨まれたと思ったのだろう。私も何となく睨み返した。するとその猫は、私の負けだよ、と言わんばかりに不貞腐れた顔をして立ち上がり、どこかへ行ってしまった。こういうのには慣れているが、やはり、寂しさは残る。
家に着くと、大きく肩で息を吸い、一気に吐き出す。私には、この閉鎖的な空間の方が自由な世界に感じる。鎖された広大な世界の空気を頭の先から足先まで巡らせ、自由の身となる。一通り手荷物を置くと、コーヒーを片手に椅子に腰かけ、一口啜る。先程までの騒々しさがすっと消え、平穏な時間を取り戻す。
周りには、乱雑に重ねられた段ボールは、開封を心待ちにしているかのようだ。彼らもまた、落ち着かないのかもしれない。
いくつもの段ボールを開封し、中の物を部屋に並べて行く。あっという間に、物で溢れかえっていく。私は、いつからこんなにもたくさんのモノを必要としていたのだろうと感心しつつ、作業を進めているとキッチンであるものを見つけた。それはちょうどシンクの上の棚。そこで、数冊のノートを見つけた。
「こんなところで、何してるの?」
そう尋ねてみるが、もちろん、答えなど返ってこない。ノートを手に取る。随分と古い見た目のもの、くしゃくしゃになっているもの、ピンとした新しいものまで、個性豊かな面々が揃っている。それらのノートにはどれも"204日記"と書かれていた。
204とは、何の数字だろうか。偶然にもこの部屋の部屋番号と合致する。仮に部屋番号だとして、何故、こんな所にノートを置いていったのだろうか?普通、日記とは手の届く所に置いておくのではないだろうか?
私は、その何の変哲もないが謎に包まれたノートを手にし、窓際にある椅子に腰かけた。街が静まり返っている事は気にもせずに冷め切ったコーヒーを一口飲み、「まずは私から。」とでも言っているような、一番先輩らしきノートから読み始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます