M マイク

 街頭のセキュリティカメラが、街行く人々を写し出していく。

 管理システムは、画像処理と携帯端末のGPS、顔認証を使って、個人の現在位置を確認する事が可能だ。

 そして、個々人の行動パターンを記録して推測する事ができる。

 人々は、携帯から与えられる情報を参考にして、次の行動を選択していた。

 趣味のイベントや流行りの情報、コンビニなど探している種類の店情報だ。


『撒き餌は準備できたのか?』

『ああ、細工もしたしタイムレコードも大丈夫だ』

『ちゃんと音も映像も拾えている』


 機械の中で、数ナノ秒の思考が走る。

 それは、機械にとってもノイズの様な記録しか残さなかった。






 会合が終わって帰路についた佐藤ロミオは、少し街をぶらつく事にした。

 都内は華やかだが、圧倒的な人手不足の為に、路地裏に入れば潰れた会社や店が目につく。


「これも全部がロボットなんかを導入した反動じゃないか」


 ロボットを導入しなければ失った時の損失は、ここまで大きく成らなかっただろうと、佐藤は考えている。

 人間がロボットに依存し過ぎたのだ。


 ビルの壁面に設置された巨大なディスプレイが、字幕付でCMやニュースを流しているのを見上げながら、佐藤は赤坂の言っている事を思い出していた。

 20年も経った今では、人工知能やロボットの反乱に関しての報道は皆無になった。


 街中には、人間そっくりなロボットが何体か目立つ様になっている。

 ボディの一部にディスプレイが組み込まれているので、可愛い顔をしているからと言って声をかける若者も居ないが。


「このままだと、赤坂の言う通りになるかも知れないが、奴は本気なのか?」


 他者を脅したり、扇動して犯罪を犯させる【犯罪教唆はんざいきょうさ】と言う罪を、刑事だった佐藤は知っている。

 立証が難しい罪で、麻薬の売人が麻薬を使用しないのにも似ている。


 赤坂雄二の信憑性を考えながら歩いていると、いつも通っているバーがある繁華街に差し掛かっていた。


 ルーティンと言うより、一種のワーカホリックだ。


 いつもなら昼間からバーに入り浸る佐藤だが、今は酒を飲む気にはなれない。

 少し情報を整理したいと思って、携帯で検索した喫茶店へと向かった。


 はじめて入る喫茶店の店頭で、エアシャワーを浴びてから席についた彼は、口元を被っていたマスクを外した。

 古いタイプの喫茶店らしく、携帯端末での注文や、呼び鈴も無い。


 注文をする為に店内を見回して、彼は見覚えのある顔を見付けた。

 先程の赤坂の主催する会合に参加していた女性だ。

 同じインド・ネパール系だったので、目について記憶に残ったが、あの様な内容だったので参加者同士でジロジロ見たり、会話するのは控えていたのだ。


「これは運命か?早めのクリスマスプレゼントか?」


 暦は11月中旬。サンタさんの到来には早すぎる。


 向こうも、佐藤に気が付いたらしく、視線を合わせてきた。

 どこかで着替えたのか、会議室に居たときと衣服が違うが、尾行をまく時の常套手段なので、あまり気にしなかった。


「意外と、いい男じゃない?ちょうど良いから話してみようかしら」


 彼女の名は田中リヤラーイ。

 会議室での席が前後していたので、ロミオの事はあまり見ていなかった。

 こうして見ると、目鼻立ちがハッキリとしている様に感じる。


 赤坂の話を、一人で抱え込むのは重荷だったので、誰かに相談したいと感じていたのだ。

 だがテロの話など、誰に相談できようか?

 迷っていたところに、佐藤がやって来たのだ。


 向こうも、リヤラーイに気付いたらしいので、手招きして同席を促してみた。


「ナマステ!」

「こんばんわ、ナマステ。赤坂さんのセミナーで御一緒でしたよね?」

「そうですね、ロボット関係の・・・」


 御互いに、合法的表現で情報の擦り合わせをして、人違いでない事を確認してから、ロミオはリヤラーイの向かい側に座った。

 人違いなら、同郷と言う事で話をしようと思っての行為だ。


「すみません。母国語は喋れなくて」

「あの騒ぎでしたからね」


 三歳の時、現地のレスキューに単身で難民船に放り込まれたリヤラーイは、自分の名前以外は情報皆無の状態だった。

 その後、難民孤児院を経てネパール系五世の家に引き取られたのだが、家庭内暴力の為に成人後は養母達とは会っていない。

 佐藤も職業柄、母国語を失った難民には多く会っている。

 逆に、いつまでも日本語が覚えられない年配者の方が大変だと言う事も。


「貴女の様な、まだ若い女性が、あの手のセミナーに出ているとは珍しいですね」

「ロボットのせいで職を失しなったのでやむ無くって面も有りますね。活動費を工面してくれるって話も有りますから」


 もうすぐ40歳になろうとしている佐藤に比べ、彼女は20代前半でマダマダチャンスや働き口がある様にも思えた。

 だが、外観と身元引き受け人の関係で職にあぶれ、やっと手にした職場も復旧したロボット化の為に失った彼女には、あまり選択肢が無かった様だ。


 多くの職場で人手不足が叫ばれているが、それは内容を選ばなければだ。

 高度な知識や技術を必要とする仕事なら兎も角、3Kと呼ばれる汚い、キツい、危険な仕事ならば、彼女にも働き口はあった。

 だが、機械化と人工知能アンドロイドが普及して、社会の根底を支え、人間が栄華を極めていた時代が続いたのだ。

 その様な世代が、勉学や訓練が必要な仕事や、3Kに該当する仕事から遠ざかるのは仕方がないと言える。


 贅沢な悩みではあるが、それが彼女達が育った世界では『普通』なのだから。


 多くの犯罪者が罪を犯すのも、地道に働くよりも結果的に『楽だから』に他ならない。


「活動費?そんな話も有るのですか?いや、確かにあった方が助かるのでしょうが」


 自分は聞いていない話に、ロミオはびっくりした。

 だが、納得できない話ではない。


 正義のヒーローに成るのにも、喰っていかなければならない。

 大富豪や大会社の社長が秘密裏に私怨や道楽でやっているヒーローなら兎も角、生活が維持できなければヒーローも悪役に転職しなくてはならなくなる。

 そして、マトモな仕事をしていては、犯罪の現場に駆け付ける事もできない。


 自衛隊や警察の様な、税収で養われているヒーローは居ない。

 税収で養われている者は、行動に制限があるので、現実にはヒーローになり得ないのだ。


 ヒーローとは、基本的に非合法な存在なのだから。


「こう言ってはナンですが、赤坂さんの話は自分は安全な所から指図して、我々を道具として使い捨てるものかも知れませんよ?その目的も、例の物ロボットを始末するのとは別の事かも」

「でも、貴方もアドレス交換をなさっていましたよね?警察に見つかった時には、既に仲間として見られるのでは?」

「あの程度の情報はスキミングや、ネット企業が裏の情報の売買としてやっている所が有りますから、『取引先から個人情報が流出したのでは?』って逃げ切れます」


 カード情報だけではなく、携帯端末で決済する昨今では、携帯に入っている情報をコピーされる可能性もある。


「でも、私には選択肢が無いんですよ」


 現在無職の佐藤も、資産に余裕がある訳ではない。

 彼女に職を斡旋する事も、勿論できない。


 彼女や自分がテロに走るのは、自らの欲望か?社会の歪み

なのか。


 既に決心をして、ひとりで違法な道を進む同郷の異性に、佐藤ロミオは、モヤモヤした感覚を胸に感じた。


「しかし赤坂さんは、本気なんですかね?」


 計画と、合法な範囲の準備だけなら、サークル活動で片付けられる。

 佐藤の他にも赤坂を疑い、実行性を疑う者が居るだろう。


「どうやら、本気みたいですよ」


 チャイムと共に彼女が見た携帯端末には、百万円の振り込み通知が来ていた。

 佐藤も慌てて自分の携帯を覗くと、赤坂雄二名義から同じく百万円の振り込み通知が来ている。


「おいおいおいっ!」


 驚きながらも、再びリヤラーイの方を見たロミオは、彼女の視線が窓から店の外に向いている事に気が付いた。


 急ぎ、彼女の視線を追った先はビルの巨大ディスプレイで、音声は聞こえないがニュースを放送している様だった。


「あれ、赤坂さんですよね?」


 字幕で『殺人犯』と書かれて映し出されていたのは、マスクで顔の半分が隠れているが、二時間ほど前に会った赤坂雄二だ。


「ちょっと、本当に殺っちまったのか?もう?」


 急いで、携帯のニュースサイトで同じ記事を探すと、速報としてトップに出ていた。


『速報です!つい20分前、新宿区のホテル前で、ロボット業界大手であるA.Iユニバースの葛城専務が暴漢に殺害されました。犯人はフードにマスクをした男性で、他数名に発砲して逃走中です。A.Iユニバース社は軍用ロボットをはじめ・・・・・』


「マジかよ!間違いなく赤坂だ」




―――――――――――

MIKEマイク

音声や音をひろう音響機材。マイクロフォン。

人名。

『ブラブラする』と言う意味にも使われる。

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