保健室の先生【異布院勇奈】の勇者的な受難

楠本恵士

異世界から逆転生

第1話・異世界から女勇者が逆転生で保健室の先生に

 異界大陸国【レザリムス】の西方地域、北方地域に近い海上に浮かぶ離島国【ケルピーランド】──数万年前に大陸の半島から、地殻変動と浸食で分離した。

 ドラゴンやオークなどの、原種幻獣の固有生物が棲息する島。


 女勇者をリーダーとするパーティーは岩山で、燃え盛る炎の中で絶命する暗黒ドラゴンを眺めていた。

 若い参謀賢者が、女勇者に言った。

「終わったな」

「あぁ……やっと終わった……諸悪の根源、暗黒ドラゴンを倒した。これで、この国にも平穏な日々が訪れるだろう」

「これから、どうする?」

「勇者を引退して、のんびり過ごす」

「死んだらどうする? あんたは暗黒ドラゴンの呪いを、仲間を守るために、その身に一人で受けちまったんだろう?」


「さあな、どこかの平和な別世界にでも転生するかもな……さらばだ、もう会うこともないだろう」

「あぁ、元気で……と、言うのも。呪いがかかった者に対しては変な別れの挨拶か」

 仲間に背を向けた女勇者は、片手をパーティーの仲間たちに向かって挙げると去っていった。

 そして──。



【現世界〔わたしたちの居る世界〕】とある高校の保健室──保健室の女性先生〔養護教諭〕の『異布院勇奈いふいんゆうな』は椅子に座って、手鏡で自分の顔を眺めていた。

「やっぱり、瓜二つだ……前世の女勇者の顔そのものだ……まぁ、死んだ時のババァ顔でなくて良かったけれど」


 三十路みそじの足音に怯える勇奈は、異世界から現世界に転生してきた記憶を持つ、ごくごく普通の人間だった。

 特別に身体能力が高いワケでもなく、特殊能力や異能力があるワケでもない。

 一般的な人間の女性に生まれ変わってきた。

「まさか、自分が異世界の女勇者だったなんて……まぁ、だからどうってコトもないんだけれど。老人になってから女勇者の記憶が復活しなくて良かった」


 学校の保健室の先生を目指していた勇奈は、養護教諭養成課がある短大を受験した。

 その入試日の受験会場で試験用紙の筆記中に、女勇者だった時の記憶が甦った。

(なんで、こんなタイミングに……前世の記憶が)

 戸惑いながらも勇奈は、なんとか合格して短大で養護教諭二種免許を取り。

 数年後に保健室の先生として着任した。


 勇奈が心療内科の医学書に目を通していると、ドアをノックする音が聞こえ。

 ライトな雰囲気の男性教諭が保健室に入ってくる。

「は~い、今日も元気ぃ? 暗黒ドラゴンを倒した女勇者さ~ん」

 勇奈は、ムッとした顔で入室してきた。

竜崎黒斗りゅうざきくろと』を睨みつける。

「なんの用……暗黒ドラゴンの転生者が保健室に」

 竜崎黒斗は、なんの因果か勇奈と同じ世界に逆転生して。

 計画的なのか? 偶然なのか? 同じ学校で教諭をしている。


 黒斗が言った。

「つれないなぁ、今はこの世界で、二人だけの逆転生者なのに……別に非凡な人間に転生したから、異世界の怨みを現界で晴らそうなんて思っていないから」

 暗黒ドラゴンの逆転生者も勇奈と同じように普通の人間で、特殊な力は持ち合わせていない。

 黒斗が保健室の花瓶に飾られている花を、いじくりながらしゃべり続ける。


「暗黒ドラゴンの時の記憶がもどっても、この人間の姿では口から火を吹いて逃惑う村人たちを、笑いながら焼き尽くすなんてできないからね…… 異布院先生も、心配しなくていいですよ」

「そんなコトばっかりして、火を吹いていたから、あたしたちに退治されたんでしょうが! で、本当になんの用?」

「いやぁ、担任しているクラスの男子生徒から相談事を持ちかけられまして

『保健室の異布院先生なら、相談に乗って解決してくれる……放課後に保健室に行ってみなさい』ってアドバイスをしたので、悩める生徒の青春悩み相談よろしく」


「はぁ? それって単なる面倒くさいコトをあたしに押しつけただけでしょうが! ちょっと待ちなさいよ! 逃げるな! あ~ぁ、逃げられた」

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