金の瞳じろじろまわりに
知里幸恵編訳『アイヌ神謡集』には梟の神の自ら歌った謡「銀の滴降る降るまわりに」が収められています。
梟の神が「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」と繰り返し歌っているのです。なんとも美しいですね。
我が家には金の滴や銀の滴は降りませんでしたが、金の目だったらおりますとも。
二番目にやってきた愛猫『小町』です。彼女の目は鮮やかな金色で、私にとっては純金より素晴らしいものです。
縁あって北海道長沼町の農家さんからメス猫を三匹譲り受けたのですが、その中の一匹が小町でした。キジ白にピンクの鼻が愛らしかったので、美人という意味をこめてその名がつけられたのです。
そのとき一緒に引き取った小町の姉妹二匹は北海道の実家にいます。三毛猫の『茶々』と黒猫の『寧々』です。みんな姉妹だけあって、顔立ちが似ています。
小町は毛づくろいがとても下手なので、いつも世話好きの愛猫・姫に甲斐甲斐しく身だしなみを調えてもらっています。どちらが『姫』かわからないですね。そしてお礼にと姫を毛づくろいしようとして「痒いところに手が届かないので結構です」と断られているのです。
群馬に来たばかりの頃はよく爪をひっかけて網戸クライミングなどに興じていたものですが、この頃ではしなくなりました。歳をとって落ち着いたのでしょうか。猫缶で脂肪をチャージしてしまった今では、もはや己の体重を支えきれないのかもしれませんが。
この小町、夫や私が他の猫を呼んだり撫でていると飛んできます。
ととととどどどどどっどっどっ。
小刻みな足音で突進してきて、触れ合っている私と姫の間に割り込み、「私を呼んで、撫でて、構って!」と猛アピール。小町を探すときは姫の名を呼んだほうが確実に現れます。
そんな小町も最初は夫に懐きませんでした。しかし、猫缶という名の賄賂とともに、大好きな紐遊びに付き合うことで夫は彼女の信頼を得たのです。
多分、最初は「あんたなんてただのヒモよ」としか夫のことを認識していなかったはず。スウェットの紐に飛びかかって急所に爪で襲いかかること数知れず。しまいには夫はすべてのスウェットから紐を外してしまいました。
もともとちょっとドライな猫で、私の赤ちゃんにも興味を示さず、一貫して我関せずといった姿勢です。そのくせ、夫が帰ってくると、その腕にしなだれかかる。その顔はまさに小悪魔。
夫いわく、抱っこしたいときになかなか来てくれないくせに、出勤しようと玄関に行くと必ず甘えてくる、やっぱり生粋の小悪魔。夫は小町の普段はクールででもやきもちやきなギャップがたまらないそうです。
以前、北海道にいる母と電話で話していたときのこと。
「寧々はねぇ、お父さんがくしゃみするたびに必ず『お大事に』みたいな感じで「にゃあん」って鳴くの」
必ず返事をする猫は我が家にもいます。姫です。
北海道で数ヶ月、姫と小町たち姉妹が一緒に過ごした時期がありました。その一緒に過ごした時間が血縁でもない姫と寧々をそっくりにしたのかなと思うと、なんだかおかしくなりました。ちなみに小町と茶々は毛色も性格も違うけれど、血尿になりやすいところは一緒です。
ときどき、考えます。
もし私が群馬に姫と小町を連れて来なければ、四姉妹として仲良く過ごしていられたのに。もし北海道にいれば、猛暑も知らずに済んだのに。
新千歳空港から飛行機に乗り、成田や羽田空港からトラックで群馬までの道のりはおよそ千キロメートルです。彼女たちを連れてくるのに、九時間くらいかかりました。長い旅路は怖くて辛かっただろうと思います。
そんな思いをさせてまで連れていくべきかすごく悩みました。
群馬の新居にやってきた彼女たちの金の目と視線がかちあった瞬間を今でも覚えています。彼女たちは私を見つけると、顔つきが明るくなったのでした。
おでこを擦り付けて甘えてくる彼女たちを撫で、泣きながら謝りました。
「ごめんね。長旅辛かったね。茶々と寧々と離れてごめんね」
金色の目がじろじろまわりを見回し、新居の探検を始めるのを見ながら「でも、来てくれてありがとう」としみじみ思いました。潰されそうな心細さが消えていたからでした。
きっと姫と小町が虹の橋を渡るとき、私は自分の人生に付き合わせてしまったことを詫び、自分と一緒で幸せだったか問いかけるのだろうと思います。
悔いることのないよう、毎日めいっぱい愛情を注いでいても、それでも問いかけずにはいられないでしょうね。そんな気がします。
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