人生ナナメよみ
N(えぬ)
大嫌いだがおいしかった食べ物
みなさん、食べ物に好き嫌いはあるだろうか?
わたしはネギがキライである。ほかにもニオイの強い、いわゆる香味野菜の様なものにキライな食べ物が多い。
それはなぜか?
理由は『母親がそれらの食べ物をキラっていたから』で、ほかに理由はない。
母親が食べないから、わたしも食べない。
小さいころ、わたしがそれらのものを食べないのを見て母は、「わたしの真似して……真似しなくていいから食べなさい」と言った。けれどわたしは食べなかった。
母にとって食べ物に対するわたしのそういう好き嫌いは悩みのタネになった様だったが、結局それはあまり修正されず、わたしの中に定着した。
ネギがキライというのは、家族(わたしの家族は6人)の中で母とわたしだけだった。
父はわたしが食事中にネギを除けると「なぜ食べない?」と言って叱ったし、「こんな旨いものなのに」とか「肉を食べるときにネギは欠かせない。ネギを食べないのなら肉を食べる資格はない」とも言った。けれどわたしは食べなかった。わたしは、母の真似をして食べないことの方が誇らしい気がしていたから父に叱責を受けても「なら肉もいらない」と言って食べなかったりしたので、余計に叱られた。
だが振り返ると、ネギがキライというのは生きていく上で相当に影響があったと思う。
日本料理に限ってみても、一品の料理の完成時には仕上げの彩りに白や青のネギを載せるものが多い。
料理が出されたら、わたしはそれらのネギを箸で丁寧に除ける。
白髪ネギのような形状は箸で摘まみ易いので、ひとつかみでどかすことが出来るが、細かく刻んだネギはそうはいかない。それでも料理の皿の端に、丹念にネギを除ける。
わたしのことを知っていて、ネギがキライと言うことを既知の人なら特に何も言わない人が多いけれど、そういうことを全く知らない人たちと食事をするときは困ることもある。
場合によっては出てくる料理に毎回ネギが載っている。それを毎回取り除く。
『なぜ、どの料理もネギを載せて仕上げなのだ?発想の貧困だ』
大人になってからのわたしはよく、そう思ったし、除けるのが面倒で、どの料理もパスしてしまったりした。そうなるとまあ、出席者から嫌な顔をされることもある。
宴会が鍋料理だったりすると、豪快にネギが投入されていたりする。そういうときにはもう食べるものがないので、自分だけ宴会そのものと切り離されたようになる。そんなとき、わたし自身は慣れているから気にしないのだが、やはり周囲には『シラケる』意が起きる人もいる。なので次からは、出席は遠慮するということもあり、疎遠が助長される。
ずいぶん昔のとだが、兄が行きつけにしていた鳥料理の専門店に連れて行かれたことがある。
鳥料理というとネギがつきものだ。二人ともそれがわかった上で店に行った。
その店は、個別の料理を客の好きに注文することが出来なかった。席に座ったら料理の最初から最後まで店主が決めたとおりに出てくる。つまり、コースしかない。
「頑固な店主で」と兄が言っていたので、わたしも、ネギを残したら追い出されるだろうか?などと考えていたが、その店で出てくる料理には『料理の上の飾り』というものがなかった。つまり、料理の仕上げに、ひとつ覚えのネギは載っていなかった。だからわたしにも、どの料理も問題なく食べ進められた。
けれどやっぱりそのときが来た。
いわゆる焼き鳥が、焼かれるごとに一本ずつ目の前に置かれていったとき、鶏肉の間に大きな太いゴロンとしたネギが刺さった串が置かれた。
わたしは、『これは、ちょっと……』と思いながらふと鼻に到達した葱の香りを感じたときに、『ふつうの葱ではない』気がして、思い切って口にした。
料理を全て食べ尽くして終わり、最後に兄が、何が一番旨かったか?とわたしに尋ねた。わたしは躊躇なく、
「葱がとてもおいしかった。生まれて初めて葱をおいしいと思った」
と、兄ではなくカウンターの向こうの店主に言った。
兄は、「この店で、葱が一番というのは失礼だろう」とわたしに顔をしかめた。店主も手元で何か仕事をしていてわたしの言ったことには無反応だった。気を悪くしたのかもしれない。
あのときのあの葱は、香り甘みうま味、焼けた色。それらが同じ串の鳥の味と合わさって実に旨かった。
それ以来、時折気まぐれに焼き鳥の葱を食べてみるが、やはりあの店の葱のようには食べられない。
あの店は、今後もわたしの人生で最高の葱を食べさせてくれた店だろうと思う。
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