第157話 会議は歌う

 グリフォンのグリッちが、満面のドヤ顔で俺たち全員を見渡す。


「わたしに腹案があります」


 あぁ、これ絶対ダメなヤツだ。


 そう確信する俺の視線を無視して、グリッちは大きな声を上げる。


「グレイベア村と地下帝国の食糧危機を救うカギとなるのが、この御方です。では村長、お入りください!」


 グリッちの声に呼応するように、バァァンと派手な音を立てて会議議室の扉が開いた。


 ゴロゴロゴロ。


 重々しい音がして、会議室に水の張られたトロッコが押し入って来た。


 グリッちを除く、全員が口をポカンと開いたまま固まっている。


 それは長い銀髪と青い瞳の美しい人魚が、トロッコ水槽に浸かっていたからではない。


 ゴロゴロ音を立てるトロッコの金属車輪が、会議室の床を傷つけることを恐れているからでもない。


 俺たちが固まった理由。


「ららら~♪ 呼んでいるぅ♪ 陸のどこかお~くでぇ♪ みなさまのお困りごとお助けしたいぃ~♪」


 それは、両腕を広げながら美声を披露する人魚村の村長、アリエラさんの姿だった。


 トップレスだ!


 あっ、いや、それは前に挨拶したときにもそうだったし、今はそれほど重要なことではない。人魚族というのはトップレスが基本だというこだとし、今はそれほど重要ではない。


 胸の先端はピンク色!


 違うんです。違うんです。そこが重要ではないんです。


 でも、視線がそこに行ってしまうのは仕方ないんです。


「食糧に~♪ お困りの~♪ よ~で~すね~♪」

 

 腕を大きく動かしながら歌い続けるアリエラさんに、全員が釘付けになっていた。


 俺だけじゃないかんな!


 だが、腕を動かす度に、ぶるんぶるんってなってる!


 ぶるんぶるんって!


 バッ!


 何かが俺の背後に降り立ったと思った瞬間、俺の視界が真っ暗になった。


 ライラの手に目を覆われて、俺は自分を取り戻すことができた。


 決して、冷たいものがスウッと背筋を昇って行ったからではない。


「わたくしの~♪ 村に~♪ きていただければ~♪ お困りの~♪ ことは~♪ きっと解決します~♪」 


 アリエラさんの歌が終わると、みんなも硬直が解けたようで、パチパチパチと拍手を送っていた。


 ライラもそっと手を放してくれた。


 が、


 再び視界にアリエラさんが入ってきたときには、彼女は既にシャツを着せられていた後だった。ライラに付いて来たラミアのトルネラが、トロッコの後ろに控えている。恐らく彼女が服を着せたのだろう。


 濡れシャツなので透けてはいるものの、残念なことに、アリエラさんの胸にサラシが巻かれているのが確認できるだけだ。


 おのれトルネラ……。


 ……じゃなかった。


「ふぅ。アリエラさんの美声に思わず心を奪われてしまいましたよ」


「ありがとうございます」


 華麗にお辞儀するアリエラさん。だがその美乳は、トルネラのサラシ巻きのせいで、もう揺れることはなかった。


 おのれトルネラ……。


「ふん! お主が心を奪われておったのは、歌声ではなく、そやつの乳の方じゃろうが!」


 ルカが真実を暴く。


「ライラが飛び出てくるくらいじゃ。いったいどれだけ発情しておったことやら」


「えっ!? ライラ、もしかしてヤキモチ焼いちゃったの!?」


 思わず口に出てしまった俺の言葉に、ライラが顔を真っ赤にして、俺の腕を掴んできた。


「……」※ライラの沈黙


 そのまま顔を伏せてしまう、ライラさんってば――

 

 超!


 絶!


 カワエエエエエ!


「ルカちゃん……」


「なんじゃ?」


「俺がアリエラさんの胸を見て発情したって言った?」


「お、おう……だ、だって、そ、そうじゃったろう?」


 俺の声に威圧を感じたのだろう。ルカの声が若干上ずっていた。


「違うよ」


 俺は顔を真っ赤にして伏せているライラの顎に手を添えて、その顔を俺の方に向けさせる。


 ライラの目が潤んでいる。


「もし嫉妬させちゃったならごめんねライラ。でもねルカちゃん、俺はアリエラさんのパイオツで発情なんてしてないよ。あれはただの社交辞令。イタリア男が女性と見れば口説くのと同じさ」


「ぱ、ぱいおつ? いたりあ?」


 ルカが困惑している。


「発情ってのはなぁ……」


 今にも涙がこぼれそうなライラの頬に、俺は優しくキスをした。


「こういうのを言うんだぁぁぁ!」


 そう言って、俺はライラの身体を力一杯抱き締める。


「ふぉぉぉぉ! ライラァァァァァァ!」


「きゃぁぁぁぁぁっ!?」


 俺はライラを抱きかかえたまま会議室を飛び出した。


「二時間休憩ぇぇぇぇぇぇ!」


 俺の声とライラの悲鳴が、ドップラー効果で段々と低く小さな音になっていく。


「「「「「!?」」」」」


 そうして地下帝国の自室に戻った俺は、4時間の休憩で体力を使い果たした後、再び会議室に戻ってきた。


 かなり疲れてしまった俺と、お肌がツヤッツヤのライラが、手を恋人繋ぎで会議室に入ってくると、みんなが俺たちに冷たい視線を向ける。


 ルカやステファン、ロコやフワデラさんは、もう慣れたもので、特に何も言わなかった。後で話を聞いたら、どうせ俺たちが4時間は帰ってこないだろうと踏んで、他の用事をしていたらしい。


 それ以外のメンバーの顔は憔悴しきっていた。


 特にグリッちの顔は、まるで死んだ魚のように青白くなっていた。


 ごめんな。


 こればっかりは仕方ないんだよ。

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