第149話 マグロ風味丼

 あまり自称はしたくないけれど、一応、俺はタヌァカ五村の皇帝である。


 うん。かなりイタイよね。


 俺だって頭痛がするくらい恥ずかしいからな。


 だがこのタヌァカ五村では、仮にも皇帝である俺の知らないところで、知らないことが色々と、勝手に進められているようだ。


 端的に言えば、ほとんどの物事が事後報告である。


 いや、まぁ、俺も各村の統括責任者に全部丸投げで任せるようなことを言ったから、仕方ないのかもしれない。


 でもでも、事前に報告・連絡・相談のどれかがあってもいいんじゃないかな。


 もし何かあったとき、俺が全くあずかり知らぬことで、俺の責任を問われることになりそうで、怖いんだよ。

 

「たとえばこのマグロ丼だよ!」


 地下帝国の食堂。俺はタクス先生との朝食の席で、日頃の不満を愚痴っていた。


「いや、それマグロ風味丼ですから。マグロはシンイチさんの世界にいる魚ですよね。今、食べてるそれはフィッカチオネラっていう魚ですよ。もしかしてお口に合いませんでしたか?」


 最近はイラストの仕事が忙しすぎて、エロマンガの進行が滞っているタクス先生が、栗色の毛を弄りながら答える。


「うまいよ!」


「でしょ! このメニューの開発にはオレもかなり手を貸したんですよ。シンイチさんに買っていただいたマグロ丼の味を再現しようと、近しい魚を探すところから頑張りました! 他にもほらっ!」


 得意顔になったタクス先生が、バッと手を上げて食堂の壁を指差した。


 その先には新しい魚介系メニューがずらりと並んでいる。


「お刺身定食、カツオ風のタタキ定食、鯛風味出汁ラーメン、かき風フライ定食……どれもこれも旨そうな海鮮メニューだとは思うけど……」

 

 ここで、俺はふと疑問に思った。


「全部、海の素材のような気がするんだけど、この近くに海ってあったっけ?」


「ありますよ。まぁ途中に山を越えなきゃなりませんが、歩きなら二~三日ってとこです」


 それにしては、最近は地下帝国だけでなく、グレイベア村やコボルト村でも、同じような海鮮メニューを目にしているんだが。


 そんなに大量の魚介類を、どこから調達しているんだろう。


「もしかして、ルカがドラゴンに戻って毎日海から運んできてるとか?」


「あはは、それ面白いですね。でも、さすがにそんなことできませんよ。簡単な話です。トロッコですよ。トロッコ」


「えっ!?」


 トロッコ自体は、地下帝国にもあるにはある。


 そのとっかかりは、俺のほんの少しの鉄道知識とネットスーパーで購入したプラレール。これらを地下帝国の鍛冶屋の職人たちに提供したのだ。多少の試行錯誤はあったものの、意外にあっさりと造り上げてくれた。


「トロッコって言っても、さすがに海まで線路は敷かれてないよね」


「敷かれてますよ」


「えっ!? 途中に山あるよね」


「ありますね。だからトンネル掘って山を抜けて、そこから海の村まで……」


「えっ!? トンネル!? 海まで線路!? いつの間に!?」


「えっ!? 知らなかったんすか?」


「何も聞いてないけど!?」


 ちなみにトンネルはラーナリアンデスワームが穴を掘って完成させてたらしい。


 その後、トンネルの入り口を見学に向うと、ちょうど海側からトロッコが到着したところだった。


 鬼人やリザードマンといった全身筋肉系のマッチョな種族が、魚介類を満載した10台のトロッコを動かしている様は、まさに壮観だったよ。


「いや、ほんと、何時の間にこんなものが……」


「本当に知らなかったんすか? 確か取引先の人魚族の村長が、皇帝にご挨拶したいって、明日ご挨拶に来るって聞いてますけど?」

 

「なにそれ!? ほんと今初めて知ったよ!?」


 終始こんな感じである。


 マジで、もし何かあったとき、俺が全くあずかり知らぬことで、俺に全て責任が問われることになりそうで、怖い。マジで。


 でもまぁ、もしそんなことになったら、もう全員を幼女にして、そのままライラを連れて古大陸にでも逃げるからな!

 

 そんな決心を、心の中で強く固める俺であった。


 翌日の朝食中に、人魚村の村長が挨拶に来るという話をルカから聞かされた。


 通達の遅さに、さすがに俺も不機嫌になってしまった。


 が、人魚村の村長さんが、水を一杯に貯めたトロッコに浸かってやって来るのを見た時、俺の不機嫌はすべて吹き飛んでしまった。


 村長さんは、若い女性人魚で、とても美人さんだった。しかも人魚族の女性の正装?はトップレスらしい。


 だが……残念なことに、肝心な部分はラミア族と同じく布で隠されていたよ。しかも布がめくれたりしないように、しっかりと紐で結ばれていた。


 アイドルと言っても通用しそうな美人の村長さんは、その魅惑でたわわなおっぱいを揺らしながら、俺にご挨拶をしてくれた。トロッコ水槽に身体が浸かっているので、おっぱいが浮いている。


 浮いているのだ!


 報連相をスルーされた不機嫌さも、美人村長の肝心な部分が布で隠されていた残念さも、プカプカ浮かぶ白いおっぱいの存在感で、すべて吹き飛んでしまった。


 もしかすると、この村長さんの挨拶イベントは、ルカが俺の不満を逸らすために仕組んだ巧妙な罠だったのかもしれない。


 だが、後でルカにはきっちり言っておこう! ケジメは大事だからな!


 ちゃんと言おう!


「大変良いものを見せていただきました。どうもありがとう!」と!


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