飼われたオオカミ。人殺し狼。
雲咄
プロローグ
「ギャアアアアア‼」
誰もいない路地裏で、悲願にも似た叫び声をあげる一人の男。その近くには、獣の特徴でもある耳と尾を持った男性と少年の姿が。
「あれ〜?もう終わりなの?・・・・・・もっと俺を楽しませろよ、格上さん?」
「ヒッ・・・・・・!お、お前ら!俺にこんなことをして、ただで済むと思ってんのか⁉し、所詮、耳付きのくせにして!」
「その耳付きに殺られてんの、どこのどいつだよ」
一人の若い男性は、歓喜に似た表情で男の右腕を無くす。迷いもなく、ただ一直線に男の腕だけを狙って。それに、男は気づけなかった。自分の右腕を見るまでは。
「う、うぁぁぁぁぁ‼お、俺の、腕が・・・・・・」
「え〜?どうせ今から死ぬんだから、別にいらなくない?まあ、そんなに腕が大事なら返してあげるよ」
持っていた腕を、見せつけるかのように男の右腕に投げつける。
重力に逆らずに落ちた物を、男は意味がわかっていなかった。痛みもある。目の前に腕がある。それなのに、男はどこかでそれが現実ではないと信じてしまった、そう言い聞かせてしまったのだ。・・・・・・それが、男の最後だと知らずに。
「こんっの、耳付きの分際で‼」
そう言って、男は残った腕でナイフを持って相手を殺そうとする。
だが――、
「――遅いよ」
「・・・・・・は?」
気づいた時には、地面に倒れ込んでいた。そして、次に気づくのが首から感じる焼き付くような熱さ。
男は、自分がどうなったのかも分からぬまま世界から消えた。
「アハハ。弱いくせにこっちに向かってくるんだもん。つい、殺しちゃったじゃん。・・・・・・グレイ?今のちゃんと見てた?」
尾をゆらゆらと揺らしながら返り血を浴びているのも気づかず、男性は愉快そうに後ろを見る。
そこには、男性と同じ獣の耳と尾を持った少年が立っていた。
「はい。ターゲットが、こちらに来る前に
「よく見てました。さ、今日はもう帰ろうか」
「はい!」
グレイは一度、転がっている先程まで『人』だったものを見てから、ラクの後をついていく。
(・・・・・・耳付き、か)
この世界は腐っている。
人間が僕たちを作ったくせに、いざ要らなくなると人形のように簡単に捨てられる。いや、実際そうなのだろう。
僕たちは『獣』だ。そして、人間から見れば『物』であり、生物ですらない。
人間たちの世界なんて、もう何千年も前の話で。今の世界は、格差社会で溢れている。平和主義だったはずの世界なんて、おとぎ話のようにありえなくなった話だし、今なんか争いが絶えない時代だ。
それなのに、世界にはある共通点があった。
人はそのまんま人間と呼ばれる種族で、何より数が多いのが特徴だ。要は、群れでしか行動ができないのだが、その群れが厄介なことこの上ない。対して、僕たち物は獣だ。多くの人間には『耳付き』と呼ばれ、蔑まれている。ちなみに、耳付きというのは蔑称だ。一応、各国でそう呼ぶのは禁止されているが、それはただの建前。誰も言うことを聞こうとしない。それだけ、僕たち獣は人として見られていないということなんだけど。
ただ、その分獣たちには人間と比べ物にならないほど絆と誇りを持ち合わせている。
人と獣の違いはいくつもあるが、何より大きいのが人と獣に人権があるかないかだろう。それと、僕たち獣は元々人間だったらしい らしいという話だ。なぜらしいのかと言うと、今の時代では獣は遺伝から来るからだ。
噂では、最初の獣は自分から獣に成り下がったとか。人間の体の中に獣の特徴を入れることで、ただの獣から意思疎通ができる便利な人間になり、世の中・・・・・・いや、国に貢献できると考えたとか。まあ、どちらにしろ今の僕たちからすればなんてことをしてくれたんだ、と言ってその立案者を殺してしまいたくなるのには変わりないのだが。だって、そいつのおかげでこんなにも人から蔑まれているのだから。
ただ、絆が強いといわれている獣の中で、ある種族だけが人間からも獣からも嫌われている。その種族が――狼。獣たちの中で、唯一の肉食獣である。一昔前には他の肉食獣がいたらしいけど、人の脅威になりえるとかなんとか言って国によって殺されてしまった。こうして見ると、どれだけ僕たち獣を堕としていけば気が済むのだろうか、って思う。
ある狼は、殺される前にその人間たちを殺したから今でもその種族が残っている。そんな狼が現生存確認されている数は、最低でも二人。
一人は、戦争どうたらよりもやばい獣だ。無差別殺人犯であり、国際手配犯でもある『ラク』と呼ばれる狼。常に人を殺したいという欲望と快楽に忠実で、人の苦しむ最後の瞬間が何よりの大好物な獣だ。
そして、そんな狼に気まぐれで拾われたオオカミが、僕ことグレイ。ただ、この名前は仮名だ。本当の名前は知らないし、今ではどうやって生きてきたのかも忘れた。所詮、記憶喪失というやつだ。だから、ラクが呼びやすいようにこの名前を付けてくれた。本当なら、どこかの人間に買われてゴミのような人生が待っていたはずなのに、ラクが拾ってくれたから今の僕がいると言っても過言ではない。
だから、僕は何があってもラクについていくと決めた。この狼を尊敬し、何より信頼しているから。
この腐りきった世界で、自分らしく生きている獣は何人いるだろうか。多分、どの獣も諦めた人生を過ごしているのだろう。だから、より一層ラクの生き方は輝いて見える。
ああ、ほら。また今夜も赤い月によって死んでいく。狼の牙と爪によって。
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