5-9

 学校の教室程度の広さの暗闇に染まる部屋、二人の少女が間を空け相対す。間合いはおよそ十メートル、一つの動作で十分に距離を詰めることが可能。


「お久しぶり――――セリア=ベケット。いや、今はその名前で呼んでも分からないか」


 ピクリと、その名を耳に入れたと同時に反応を示す愛しの魔女ラブリーウィッチ


「生まれた時の名前なんてどうでもいいよ。今の私は愛しの魔女ラブリーウィッチ、そう呼ばれれば満足」

「ふぅん、身体の優先権を京ちゃんと愛しの魔女ラブリーウィッチで交換したんだ。その姿は魔法で変えてるようね。でも、そんなこと長続きしないでしょ?」


 道化の奇術師マジックピエロ愛しの魔女ラブリーウィッチの全身を舐めるように眺めた。


「そうだよ、こうしていられるのは持って三分くらい。本当は京ちゃんと一緒に闘いたいけど、道化の奇術師マジックピエロは私を相手にしたいらしいから。安心して、すぐに倒してあげるから」


「あっそ。二年前は情けなく弟に助けを求めてたクセに。そうやって強気になれる気が分からないんだけど? 舞台が〈R4〉になっただけでしょ?」

神の設計図まほうが自在に使えるだけで違うよ。私だって影に隠れて魔法作りしてたんだから、甘く見ないでよね」


 愛しの魔女ラブリーウィッチ道化の奇術師マジックピエロ。誕生はともに千年前、人間の域を超えた神に近いとも称される二人の少女。

 ――――互いを潰しにかかるため、二人は同時に一歩を踏み出した。


「まずはこんな狭っ苦しい場所を変えよっか」


 愛しの魔女ラブリーウィッチは左手の杖をペンに換え、マント裏から取り出したトランプに、精密で素早い動作を可能にするロジック『達人の腕慣らしクイックリームービング』を用いて、高速で数式を書き上げていく。


「――――吹き飛べ、『破壊の暴風王ナチュラルストーム』」


 愛しの魔女ラブリーウィッチによって放られたトランプは強く輝き、トランプが核となり道化の奇術師マジックピエロに向かって強力な風を放出した。


 道化の奇術師マジックピエロのロングの茶髪が真横に靡き、彼女の背後の窓ガラスがミシミシと音を立てる。道化の奇術師マジックピエロはレイピアを横に構え、前へ踏み出した脚を風に逆らうことなく、今度は後ろへの推進力を得るように蹴った。木の葉のように身体が浮き、身がぶつかることにより背後の窓ガラスが粉々に割れ、破片とともに彼女はオーロラに照らされた街並みに放り出された。


「――――ッ!? なんつー攻撃、これだけ離れても風が消えないとは――……」


 〈ブロムベルグ〉から距離を置いても強力な風は止むことを知らず、速度を保った空気の流れにしばらく身を預けた道化の奇術師マジックピエロ。そうしてビルから五百メートルほど離れたドーナツ型の展望台に足を付け、ひとまず体勢を整えて剣を構え、彼女は反撃の体勢を整えた。


 だが、愛しの魔女ラブリーウィッチは冷静にトランプを取り出し、


「行動を読む能力を持ってるなら、それに追いつけないほどの攻撃を浴びせればいいだけ」


 再びトランプに高速で数式を書き上げ、空に放り出した。


「――――貫け、『漆黒の永弓エタニティシャドウ』」


 言葉とともに愛しの魔女ラブリーウィッチの前に出現するのは数千の真っ黒な弓。そして弓は目にも止まらぬ速さで、割れた窓ガラスに向かって直線状に発射される。

 五百メートル離れた道化の奇術師マジックピエロに届くまでおよそ三秒弱、数千の漆黒の弓が彼女を襲った。


「チッ、このっ!!」


 レイピアを振り抜き、自らに降り注ぐ弓矢を風のようになぎ倒すものの、振り払えなかった弓がいくつも腕や胴体を傷つけた。


「――――『飛べない魔女は皆無スカイフライング』」


 愛しの魔女ラブリーウィッチは床を軽く蹴り、一跳びで道化の奇術師マジックピエロの元へ空を走るように飛んだ。


 しかし、道化の奇術師マジックピエロ愛しの魔女ラブリーウィッチの攻撃を先読みしていたのか、痛みを堪えながらも何処からともなく、先刻の愛しの魔女ラブリーウィッチの弓のように出現させた多数のレイピアを、紺のマントを羽織る少女に向けて放出した。


 だが、愛しの魔女ラブリーウィッチが事前に数式を書き終えたトランプを取り出し、


「その程度の攻撃、私が読んでいないと思ってた?」


 防御魔法――『城壁五重奏ランパートクインテット』。


 一枚だけではない、五重の薄緑色の壁が愛しの魔女ラブリーウィッチを覆い、多数のレイピアを防ぐ愛しの魔女ラブリーウィッチ。彼女は休む間もなくトランプに数式を書き上げ、


「――――『七降剣プリズムソード』」


 その声と同時に、愛しの魔女ラブリーウィッチの両手に自身の身長の二倍はあろうかという短剣が握られた。夜空を占めるオーロラと同様の、七色の眩い光が巨大な短剣を取り巻く。愛しの魔女ラブリーウィッチは跳ぶ慣性を利用して、道化の奇術師マジックピエロに向かって七色の剣を振り抜いた。


「……くっ、なんて重さ……ッ!」


 ギリギリと奥歯を鳴らし、道化の奇術師マジックピエロは斜めに構えたレイピアで愛しの魔女ラブリーウィッチの『七降剣プリズムソード』に対抗した。ズサズサズサッ!! と靴が展望台を擦り、レイピアは七色の剣の前に弾かれてしまった。吹き飛ぶレイピアに釣られるようにバランスを崩した道化の奇術師マジックピエロは、


「チッ! 自由落下はマズイ!」


 頭から、茶髪を顔や首に絡ませて、力を抜くように落下する彼女。


「逃がさないからっ」


 愛しの魔女ラブリーウィッチは舞い落ちる道化の奇術師マジックピエロを逃すことなく、展望台を蹴り垂直落下しながらトランプに数式を書き込み、


「――――消し炭になれ、『炎武灼円陣ヘヴィーエクスプロージョン』」


 ビルに囲われるようにポツンとある平らな場所、遙か離れた高さからも分かるほどの巨大な赤い魔方陣が地面そこに出現する。そして魔方陣に被覆された地面コンクリートがぐつぐつと真っ赤に煮えくり返り、マグマの噴火のように真紅の眩い光を伴った炎が一気に噴き出した。


 轟々と音を立て何度も噴き出す炎、道化の奇術師マジックピエロは手に出現させたレイピア一本で自分に絡みつく炎を吹き飛ばそうとするが、一度は振り払えはしたものの後続を消し去ることができない。蛇のように纏わりつく炎は、徐々に彼女の衣服を焦がしていく。

 対照的にふわふわと紺のマントを風に靡かせ、逆さまに自由落下する愛しの魔女ラブリーウィッチ。炎の中だというのに涼しそうな顔つきで、


「あれれ、先が読めるんじゃないの? 反撃らしい反撃は見当たらないけど? ほらっ、魔法なんて軽く躱して反撃してみなよ」


 ちょこんと首を傾げて呟く愛しの魔女ラブリーウィッチだが、可愛らしく紡がれる言葉と裏腹に、追い打ちをかけるようにトランプに対して数式を書き込んでいく。


「――――『豪雨警戒ディオネロアー』」


 トランプを夜空に向かって放った愛しの魔女ラブリーウィッチ、風に乗るようにトランプは蝶のように舞い上がり、放射状に水色の光を放つ。そうしてその光とともに、滝のような豪雨が地面に降り注いだ。それこそ地面の灼熱の炎がかき消されてしまうほどに。

 大量の雨粒を全身に浴びる道化の奇術師マジックピエロ、彼女は地面に叩きつけられる直前で、


「ハァァァァァァァァァァァァッ!!」


 自由落下により生じたエネルギーを相殺するがごとく、レイピアを鋭く地面に叩きつけた。しかし立つという動作はできたものの、彼女の足元はよろよろとふら付く。水分を吸って重みを増した服が枷になるように、彼女の身体の動きは鈍い。


 道化の奇術師マジックピエロに次いで、違いフワリと綿のように着地したのは愛しの魔女ラブリーウィッチ。彼女は苦痛に顔を歪めている茶髪の少女を侮蔑するように眺める。


 魔法によって降り注がれた水は洪水を造り上げ、両者の膝元を濡らすほどだった。


「まだまだ終わりじゃないから」


 痛みで喘ぐ道化の奇術師マジックピエロを傍目に、愛しの魔女ラブリーウィッチはトランプに数式を書き上げ、洪水の上に放り投げた。


「――――『氷刻の女王アブソリュートゼロ』」


 トランプは光り、八方に広がる水の絨毯は愛しの魔女ラブリーウィッチの頭上に、ゆっくりと集結していく。

 道化の奇術師マジックピエロは自身を濡らす水分を含め、そこら中から集まり出す水の塊を視界に収めると、手に持つレイピアを、片手に一本から両手に二本とした。無駄な抵抗、そうだと分かっているような顔つき。だが、それでも彼女は二本のレイピアで身を護るように、鈍い音を響かせバツ印を作った。


 愛しの魔女ラブリーウィッチは頭上に携えた杖を道化の奇術師マジックピエロに向かって振り下ろした。そして――水の塊は氷の龍を造り上げ、滑らかな動きでくうを這う。蛇のように長い龍は食い破るように大きく口を開けて道化の奇術師マジックピエロを襲った。

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