3-8

 雨谷衣巧の両手は宮西によって、床に落ちていた紐状のようなものでキツく縛られた。

 さてと、そう思ったとき扉から金髪の少女、冬森凛檎が入ってきた。それもゴシックロリータの少女を引きつれて。その少女の両頬は真っ赤に痛々しく腫れていた。

 床に倒れ込みながら少女を視界に捉えた雨谷は、ギョッと目を開いて、


「……玲!? 大丈夫か!? このメス豚がぁ! さっさと汚ねぇ手を離せ!」


 冬森に対して、吐き捨てるように次々と聞くに堪えないような暴言を浴びせていく。

 だが、宮西は雨谷の頬を右手でがっちりと掴み、


「謝ってください。冬森さんに対する暴言を今すぐ撤回してください」

「…………チッ!」


 雨谷は大きく舌打ちし、強引に顔を動かして宮西の手を振りほどく。

 やれやれと呟いた宮西は、雨谷の首に掛けられたシルバーの十字架のネックレスをそっと抜いた。そして冬森の元へ歩み寄っていく宮西。


「……それって!」

「はいっ、やっぱりこのアクセサリ、冬森さんが一番似合いますね」


 両手で冬森の首元に銀の十字架のアクセサリを掛けてあげた。冬森は宮西が掛けやすいように、首をちょこんと前に傾げる。

 冬森は掛けてもらった十字架を感慨深げに指で擦り、


「ありがとう、宮西くん。これ、すごく大切なものだったから……よかった……」


 そっと目を瞑り、十字架を両手で包み込むように抱える冬森。

 冬森のほっとした表情を見て、思わず宮西の表情も緩んだ。しかし、すぐに顔を引き締め、


「雨谷くんの目的は何でしょうか? 数々の『チームの乗っ取り』と『僕』が一体何に結びついているのかを教えてください」


 雨谷は躊躇いを見せたものの、重そうにゆっくりと口を動かした。


「玲に自信を付けさせてやりたいだけさ。そのためには魔法がいる……。魔法を持てば、玲に自信が付いて普通に人前に出ることができる……」


 雨谷は目を細めて、玲と呼ばれるゴシックロリータの少女を捉えながら言った。

 魔法が必要? 宮西は疑問に思った。彼女は魔法を使えない人間なのか? いや、この建物を張り巡らす特殊な電波の元は……。

 チラリと冬森を伺ってみたものの、彼女も訝しげに首を振った。


「どうして俺が選ばれたんだろうなぁ……、別に俺はロジックなんていらねえのによ。玲が選ばれてりゃ、なーんにも悩まなくて済んだのに」

「……さっきから何を言いたいのか、イマイチ意味が分からないんですけど……」

「なぁに、R4だけじゃなくて、現実世界でも超能力じみたチカラが玲に使えりゃあよかったのに、ってことだけさ……。そのために、俺はあの人の元に付いているだけだ。で、チーム『イマジナリー』の一員として、あの人に従って色んなチームを乗っ取ってるだけ。これ以上は言えねぇな……」


 諦めきった青髪の少年に、冬森が詰め寄る。


「言いたくないで済む問題じゃないの。無理矢理にでも吐かせるから」


 だけれども、雨谷は小さく笑った。


「じゃあな、逃げさせてもらうわ」


 ガキン、と音がした。その音の後に、青髪の少年とゴシックロリータの少女はゆっくりと消えていく。彼は姿を消しながら、


「これが俺の魔法『誘爆自殺フレイム』。要するに――怜を巻き込んだ自爆魔法」


 そう言い残して、雨谷衣巧、ゴシックロリータは消えてしまった。


       ◇


「宮西くん。雨谷衣巧の言ったこと、どう思った?」


 宮西は顎に手を当てしばらく考え、


「……まるで、現実世界で魔法を使えるようにしたい、とでも言いたげでしたよね……。たぶん、現実世界では自信のないゴシックロリータの子に自信を付けさせるために、向こうで魔法を使えるようになれば、ということじゃないでしょうか?」

「……現実世界で魔法を発現? そんなのあるワケ…………、いえ……」


 冬森は口ごもる。一概にそう言えないことを思い起こしたのか。宮西が代弁するように、


「そうですね、冬森さんには馴染みがないと思いますが、現実世界でもロジックという魔法じみた超能力が存在しています。雨谷くんは、自分ではなく彼女がロジックを使えていればよかったのに、そんなニュアンスでしたね」

「魔法を使って私を襲っていたときのあの子は……、雰囲気は暗かったけど自信あり気だったの。でも魔法が通用しないと分かったとたん、悲鳴を上げて発狂しだしたわ。ほっぺたを叩いてやってなんとか落ち着かせたけど……」


 宮西はうーんと唸ったが、


「まあ、彼女の事情はどうでもいいことですからね。それはそうと冬森さん、『手に撮る世界の命運ハードラック』が解けたなら『キューブ』の皆さんの洗脳は解けたはずですよね? 今から会いに行きます?」


 だが、冬森はゆっくりと頭を横に振った。


「いえ、今は止めとくわ……」

「……どうしてですか?」

「ケジメ、付けないとね。いくら敵に操られていたからってあの子たちを傷つけたのは事実だから……。それに情報収集を怠ったのも失敗の要因。だから、私なりにケジメを付けるまでは『キューブ』に戻らないつもりよ」


「リーダー不在でも大丈夫なんでしょうか?」

「黒川望未がいるもの。あの子にしばらくリーダーを経験させましょう。きっとあの子なら私よりも良いリーダーになれるのかもね」

「…………僕がトドメを刺したようなそうでないような……」


 言いにくそうに視線を逸らす宮西に、冬森はハッと口を開け、


「……まあ、別の子にしましょう……」


 R4でHPをゼロにしてしまった場合、一週間のログイン停止のペナルティが与えられる。よって、宮西によってHPをゼロにされた黒川望未は一週間R4にログインできない。

 宮西は気を取り直すように、側面を覆う窓ガラスから街並みを展望し、


「――――『イマジナリー』、一体何を目的に行動している組織なんでしょうか……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る