3-6

 変わった部屋だった。


 外では太陽が昇っているはずだというのに、部屋は真っ暗だった。部屋を照らすのは宮西の真正面に位置する、六つの五十インチほどの大きさのスクリーンから照らされる光のみだ。


(ここは……監視室?)


 モニターの様子を伺うと、建物の内部のあちこちの様子が、一定間隔で切り替わりながら見ることができた。つまり、この映像で宮西と冬森の動きを監視していたのだろう。


「よぉ、宮西京さん。ここまで来れたのは素直に褒めてやるよ。とは言っても、冬森凛檎の魔法が無きゃここまでは来れねぇか……。ハハッ、実は言うと俺たちはお前を回収しに来い、って言われてるんだ。だからよォ、お前はここで大人しくしてくれるのが一番なんだ」


 ニヤニヤと宮西を目する雨谷衣巧。


「やっぱり、僕が関わってるのか……。それより大丈夫なんですか? 電波を操る能力者さん、冬森さんに倒されちゃいますよ?」


 ジーンズのポケットに手を突っ込んだ雨谷は近くのデスクに腰を下ろし、


「ああ、心配ご無用。あいつなら時間稼ぎくらいは簡単にできる。だから俺が仕事を済ませるまでには、あいつは生き残る。ンで、俺が冬森をヤればいい」


 適当に揺さぶりを掛けてみたものの、全く効果はなさそうだった。それほどまでに自分の能力に自信でもあるのかと、宮西は勘ぐる。


(……でも、たしかに……あの能力は厄介……。突破するのは難しそうか……)


 『哀苦しく愛狂すディープラブハート』の能力は、自分の発言した内容を強制的に相手に従わせる類の能力だということは想像に難くない。

 ロジックが魔法とは全く違う原理で働きかけていることは、宮西の知識にはあった。魔法を構成しているのはあくまで数式、ある種の記号の塊であって無機質とも表現してもよいかもしれない。しかし、ロジックの構成単位は言語、つまり言語理論と呼ばれる超能力。無限通り存在する言葉を心の中に組み合わせて、この世には不可能な、非科学的超常現象を発現させていく。


 非常に複雑で、他人による解析はほぼ不可能。特殊な考えさいのうを持った人間にしか使えない。仮に数式魔法の解析が得意なはずである冬森凛檎がここにいたとしても、それは全く意味を成さないであろう。


 なぜなら、魔法とロジックは別次元の存在で、別の要素から構成されているのだから。


 ジッと張りつめる空気を保ち、両者は互いを見据える。

 宮西は考える、この先どうすれば勝機を自分に手繰り寄せることができるかと。


(……早まるな……。焦りは禁物……ここは冷静に。でも、先手を与えるのはマズイ……)


 だが、ここで自分がどういった先手を打つかという選択肢は――――、


(――――ある!!)


 宮西は近くの棚に置いてある、文庫本程度の大きさの白い装置を左手で掴み、素早く雨谷に投げつけた。


「おっと!!」


 さっと蹲る雨谷。投げ付けられた装置はゴン! と音を鳴らし、椅子にぶつかった。

 雨谷はすぐに身体を上げ、


「――――伏せろ」


 静かに、それでいて重苦しい声で彼は呟いた。ジャラリと雨谷の腰にぶら下がる金属のチェーンが、ステンレスのデスクにぶつかり鈍い音を立てる。


「――――――――ッ!?」


 直後、重力が何十倍にでもなったかのように、宮西は床に手を付き伏せる格好となった。


「オイオイ、顔に似合わず酷いことするねぇ……。もっと温厚なお兄さんだと思ってたぜ。人は見かけで判断するな、ってのは正にこのことか」


 宮西は雨谷の言葉に全く耳を貸さない。だが――――、


「――――両手で自分の喉を握り締めろ」


 自分の意志に関係なく、床に付いた両手が自身の喉元を握りしめようと動いた。――が、細い喉を握り潰すことなく、手の動きは止まった。


(……やっぱり……もう一つの人格に身体を貸せば動くのか……)


 宮西京に眠るもう一つの人格――『王女気取りの魔法使いパラサイトクイーン』。今、この場においてはこの能力が鍵となり生命線。


(雨谷衣巧の言葉は僕の精神こころに投げかけてくるもののはず……。だから、僕とは違う別人格には効果が無いと……)


 床に這いつくばる宮西に、雨谷は近づく気配を見せない。


「ふんっ、動けるのってやっぱ別人格に身体を貸してあげてるおかげ? あー、怖いねぇ、俺のロジックがきかないなんて。チートだよ、そのロジック」


 言葉とは裏腹に余裕ぶった面差しは崩さない雨谷。


(ひょっとして……知っている? 僕の能力の弱点を…………)


 反るように顔を上げ、雨谷の様子を目に入れた宮西。


「――お前の能力、制限があるだろ? だってもう一つの人格に脳を貸してやってる状態だからなぁ。身体の一部を貸すだけでも相当な負担になってるはずだぜ? ましてや身体の全部を貸してやってみろよ、言わんでも分かるよな?」


(…………やっぱり)


 そう、宮西の脳には二つの人格が存在している状態である。当然メインは『宮西京』のものだ。しかし身体の使用を渡せば渡すほど、脳に対する負担は大きくなっていく。


(いっそのこと、脳のメインを僕から換えちゃえば楽なんだろうけど……)


 そして厄介なことに、脳への負担は『痛み』ではなく眠気としてやってくる。今はまだ大丈夫だが、これ以上能力を使ってしまうと敵の前で眠るという最悪な状況も招く可能性がある。

 宮西は必死に頭を働かせて策を考え出す。


(なにか……、この状況を突破できる鍵は……)


 『哀苦しく愛狂すディープラブハート』によって動きを制限されながらも、宮西は眼球を動かし周囲を注意深く観察する。

 と、その時、先ほど宮西が投げた装置が椅子からゴッ!! と音を立てて床に落ちた。

 雨谷はサッと宮西から視線を外し、音が発生した方に注意を向けた。


「――――あっ」


 声を発したのは宮西。縛られた身体が急に言うことを聞くようになったのだ。

 両手で状態を起こし、宮西は雨谷に向かって一歩踏み出した。――が、


「伏せろ!!!!!!」


 雨谷はすぐさま視線を宮西に戻し、そう叫んだ。


「――ぐっ!」


 宮西は一メートル進んだところでまた床に伏せる格好となってしまった。

 しかし――今の出来事は宮西にとってある考えを得ることができた。


(なるほど……視線を逸らせば雨谷衣巧のロジックは解けるのか……)


 小さく舌打ちをし、再び宮西を視界に収める雨谷。


「どうしました? 余裕なくなってますけど?」

「ああ、別に余裕なんていらないさ。緊張感もってる方がいいモンだろ?」


 そう言って、彼はポケットから刃渡り三〇センチほどのサバイバルナイフを取り出した。ギラリと、気味悪くモニターの光を反射をする刃。

 だが、雨谷はそれをチラつかせるだけで投げたり直接刺してこようとはしない。

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