2-9
「さあて、突入ですか。正面から入ります? それとも、冬森さんの魔法で外から侵入してみますか?」
壁のようにそびえ立つのは高さ二十階のビル、そのビルを前にして彼は冬森に訊いた。
「その前に宮西くん、宮西くんは私の『
「……零にする魔法ですよね? エネルギーを零にしたり、距離を零にしたり。どこまで何を零にできるかは分かりませんけど……」
「……そこまで分かってるのならいいわ。もっと詳しく言えば、物質の時間、質量、長さは零にはできないわ。あ、でも、長さとはいっても私が決めた対象との距離は、制限はあるけど零にすることができるの」
冬森はそっけなく言い放ち、
「ここから最上階まで一気に距離を詰めて突入するのは無理ね。私の能力じゃ数メートルが限界だし、何かしらの対策もされているはず。そもそも、私たちはHPを回復しなければならないのよね」
「あーたしか、端末は一階に数台しか配備されてないんですよね……。他の場所に行って探すのも少し時間が掛かりますし……」
冬森は先の行動を的確に導くように、ゆっくりと真正面を指差して、
「――それじゃあ答えは決まりね。正面突破よ」
二重に設置されてあるガラスの自動扉を潜り抜ける宮西と冬森。冬森はすぐ近くに置かれてあった端末にログインし、現れたアイコンをクリックしHPの回復を完了した。
特に傷を負っていない宮西は、端末でHPを回復することなく、ゆっくりと内部を観察する。
光の加減からか、実際の広さよりも体感的には広く感じ、玄関というだけあって他の階よりかはある意味での馴染みにくさを感じた宮西。
と、横の冬森が突如、えいっ、と何とも可愛らしい声とともに、宮西の頭をデコピンで弾いた。
「……どうしたんですか?」
冬森は口元を軽く緩めて、
「いいから行きましょうよ。どうせ後で分かると思うわ」
当然疑問に思う宮西だが、気を取り直して前を進むことにする。
しかし、宮西はある違和感を覚える。
「全くと言っていいほど騒ぎがあった様子がありませんね……。まるで、何もかもがなかったことにされているような……」
一階には十数人もの学生たちがあちこち行きかい、楽しそうにおしゃべりをしていた。『キューブ』のメンバーが担当しているであろう受付所でも、楽しそうな様子を見せている。
ほんの十分ほど前まで、ここを纏め上げる『キューブ』のリーダーが絶体絶命のピンチだったというのに、今だって青髪の少年がこの建物の最上階で構えているはずなのに、それでも宮西が見学にやってきた当初の雰囲気がそこにはあった。
事件と今との間の縫い目が酷く不自然に見えた。
「もしかして、下の階の子たちは事件に気が付かなかった……なんてことはないわよね……。逢沢さんが警告のアナウンスを流したはずだもの……」
それともう一つ、宮西が覚えた違和感。
「誰も僕たちのことなんか気にも止めませんよ? 僕はともかく、リーダーであるはずの冬森さんに視線が集まらないのはどう考えてもおかしい……」
そう、この階にいる『キューブ』のメンバーらは、誰一人として正面扉入口に立つ二人を特別視してはいない。冬森凛檎、彼らのリーダーを単なる客人としてしか見ていないようだった。
「ははーんもしかして、これが新手のイジメだったりしたり…………すいません」
キッ、と宮西を蛇のように一睨みする冬森凛檎。
「ったく、冗談でも言っていいことと悪いことがあるのよ? それに、シカトなんて新手でもなんでもないの。こんなの女の世界では使い古された古典的な手法。学校で見たことないの?」
これ以上彼女に力説されると、色々と背筋が凍りそう思いをしそうなので、もう一度謝り状況を確認することにした。
「こういう時は適当に声でも掛けてみましょうか。エンカウントしただけで突然危害を加えるようなモンスターではないでしょ」
彼はそう言って近くを歩いていた、あくまでもどこにでもいそうな少年に声を掛け、
「あのーすいません、見学会ってもう終わってしまったのでしょうか? 僕、建物が広くて迷ってしまって……」
声を掛けられた、やや年上とも見て取れるような少年は気さくに笑って、
「ああ、もう見学会は終わったよ。見学に来た人たちはもう帰っちゃったかな? ははっ、ここかなり広いもんね。俺なんて一年以上ここにいるけど、今でも迷うことがあるからさ。あっ、『キューブ』に入りたくなったら三日後にあの受付に行ってね」
少年は親切に、嫌な顔を一切見せずに答えてくれた。
「あのーですね、十分前くらいですけど、なんか変なアナウンスが流れたような気がしたんですよ? 僕の聞き違いかなあ?」
右手で後頭部を掻きながら、宮西はさらに質問する。
「……アナウンス? そんなの流れてなかったような……。うーん、アナウンスの練習を聞いただけだったとか? ……単なる聞き違いじゃない?」
「あーそうですか、大事でなくて良かったです。突然訪ねてしまって申し訳ありませんでした」
――宮西は、この少年の視線の先を確かに捉えた。
傍で不自然にならない程度に周りを見やっていた冬森は、宮西の耳元にそっと口を近づけ、
「(……ちょっと、今の私の扱いを聞いてよ!)」
口調から察するに、何だかソワソワしているようだった。
(うーん、どうやって訊けばいいんだろう? この人知ってます? なんて直球で訊いて『知らない』なんて堂々と言われたら、冬森さんかなり傷つきちゃいそうだし……。って、そんな急かすように見ないで下さいよ……)
冬森は唇を波打つように動かし、じーっと目を細くして宮西を監視する。
とりあえず彼女の気持ちを受け取った宮西は、再度少年に、
「あのー、このチームにはとても強い、金髪でとびっきり美人の女の子がいるって聞いたことがあるんですよ! …………ね、冬森さん!」
話を振られるとは思ってもいなかっただろう冬森凛檎は、ピクンと身体を震わせ、珍しくしどろもどろに目を泳がせ、
「あ、え……、あっと、……、そ、そ、そそそそそうね! とびっきり強くてとーっても美人の女の子がこのチームにいるって訊いて、あ、ああ憧れてここまで足を運んできたのだけれど。さっきの見学会で会えなかったからそのー、えーっと……」
思っても見ないほどしどろもどろの冬森を見かねたのか、気持ちを落ち着かせようと宮西は、
「(じっ、自分で強くてとっても美人なんて言わないでくださいよ……。聞いててちょっと恥ずかしいですよ……)」
「(うっ、うるさいわね! キミが急に話を振るからイケナイのよっ! っていうか遠回しに訊くことないでしょ! 冬森凛檎は『キューブ』のリーダーですか、って訊けば数秒で済む話じゃない!)」
「(『知らない』なんて言われたら冬森さん、また取り乱しちゃうじゃないですか! こんなところで暴れても抑え切れる自信ありませんからっ。というか、直球で訊けるなら僕を介さずに訊けばいいじゃないですかっ。僕を介したのは、心の底では真実を受け止めきれる自信がないからでしょっ)」
「(うっ……。くっ、口を慎みなさい! 私は『キューブ』のリーダーなのよ!)」
「(今はそれがどうかが怪しいじゃないですか!)」
こそこそと、目の前の少年を差し置いて議論が白熱していく宮西と冬森。
少年は苦笑いを浮かべつつも、もう帰ってもいいかなーなんて言いたげに二人に声を掛けようとした。
しかし、
宮西の左手が、不意に少年の左手を掴み上げた。そして――――その少年の左手を冬森の豊かな胸部に押し当てたのだ。むにゅぅ……と柔らかく少年の指がそれに食い込んでいく。
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