2-4

 気の抜けた調子で、呑気にそんなことを言う黒川。


 バッ、と気を戻して前を見れば、黒川の言う通りあの憎たらしい茶髪の男が。

 彼は一人で施設を見回っていた。冬森が彼を凝視していると、あちらの方も気が付いたのか、

茶髪の少年は冬森に向かってペコリと頭を下げ、


「先ほどは失礼しました。女性の気分を害させてしまうなんて、何とも紳士らしくないことを」


 だが、冬森は手に腰を当てぷっくりと頬を膨らまし、腰を曲げる少年に向かって、


「ヤル気がないなら出てって、って言ってるでしょ? ったく、今さら謝られても許す気なんかないのに。……ふんっ」

「ほっ、ほら凛檎ちゃん……。せっかく謝まりに来てくれたから……許してあげても……」

「ここは遊び場じゃないの。みんなが真剣に取り組む場なのよ? それを睡魔に負けたからって居眠りなんか……はぁ。簡単に欲求に負ける人間なんか『キューブ』にはいりません!!」


 どう反応してよいのやら、ただただ苦笑いをするその少年。しかし、あろうことか冬森の側近でもある黒川は少年の肩を持ち、


「あれれ~凛檎ちゃん? R4ではいくら食べても太らないからって、大好きなチョコケーキをた~くさん食べてたのは誰かな?」


 イタズラっ子的な笑みを、片手で隠すようにしながらそう漏らした。

 冬森は顔を真っ赤にし、


「ばっ、バカ! なんてこと言うの!? というか望未! 誰の味方をしてるのよ!」

「私? これから『キューブ』の一員になってくれるであろう、この子の味方だけど?」

「ハァ!? 意味分かんないし! 媚びを売ろうとしないでよ!」


 言葉をぶちまけていく冬森を、慣れた様子で的確に躱す黒川望未。茶髪の少年は困った様子で二人を見ていたが、


 ガギンッ! と。


 突如入れられた横槍は、人の発する声では考えられないような金属音。

 音源は紺のブレザーを着用した、ガタイのいい少年。


「ハナシ中で悪ぃが、――――冬森凛檎、お前を潰しに来た」


 冬森は彼を見た。

 下らなそうに、気怠そうに、生き物を見る目ではない、路上に落ちているゴミを見る目で。


「……チッ、何だよその視線は!」


 冬森の視線に身構える少年。


「はぁ……、今週で何件目? 十件目かしら……。あーもうっ、面倒だわね。で、目的は私を倒して『キューブ』の権利を奪うこと? それとも、単に私を倒したいだけ?」


 やれやれと、右手で前髪を軽く掴んで彼女は言い放った。

 少年はピクリと、僅かだが身じろぐ。だが、彼は再び胸の前でカギンッ、と両手の拳をぶつけた。


「チーム『グラビティ』の名を背負ってここまで来た。俺の『硬所恐怖症エスケープ』で――オマエを叩き潰す!!」


 少年は気の迷いを振り払うかのように、拳を握り目の先の冬森の元へ突っ走る。そうして右肘を引き、走る慣性を利用して金髪の少女に振りかぶる。

 ――次の瞬間、


「――――が、はっ」


 少年は床に接触していた。それも瞬きをする間もなく、冬森凛檎が少年の拳に触れた瞬間に。

 冬森凛檎は少年を見下ろす。


「せめてもっとマシな魔法くらい覚えてから突っ込んできなさい」


 右手で、煌めく金のロングヘアをフワリと掻き上げ、


「望未、適当にその辺のメンバーに頼んでカレ、ここから追い出してちょうだい。ったく、堂々と挑むことはいいけど、ここまで弱いならもう少し頭を使えっての。私と対等に挑もうとするなんて一生掛かっても無理よ」


 …………そしてチラリと、ほんの僅かの動作であるが、あの茶髪の少年を伺った。


「わー、すごい。流石はリーダーですね!」


 呑気な様子で、パチパチと胸の前で手を叩いていた。


「………………!!」


 鋭い視線で茶髪の少年を睨みつける冬森。呼応するようにゾワゾワっと震えた宮西。


「ついでにアンタも出ていきなさい!! このバカ! バカバカバカバカ――――――ッ!!」


 身を乗り出して怒鳴りつけ、早足でその場を去る冬森であった。


       ◇


「もうっ、凛檎ちゃん、どうしてあそこまでムキになるのー? 大人げないよ?」


 スタスタと早足で進んでいく冬森に、冬森に歯向かったガタイの良い少年の後処理をしてようやく追いついた黒川望未。

 冬森は口を尖らせて、


「……、ムキになってないから。それに、普段はあんな万年生理女みたいに怒らないから……。全部あの茶髪マヌケが悪いのよっ」

「あー、凛檎ちゃんの『恋すれば廃人リミットラブ』の凄さを見て嫉妬することを期待してたり…………」


 ビクリと、歩く動作を一瞬止めかけた冬森。


「同世代の女の子が、あ~んな凄い魔法を使えるなんて~。ああっ、悔しい~、なんちって? 図星?」

「……さっさと仕事を終わらせるわよ!」


 顔を隠すように早足で歩く冬森を見て、呆れとも苦笑いともとれるような表情を浮かべる黒川だった。

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