第11話 喫茶緋色、オープン

 喫茶緋色という店名に決まってから何日か過ぎ、とうとうオープン初日を迎えた。

 前日からランチの仕込みはしたし、太一もつくしも飲食のアルバイトを経験しているため、接客にはある程度の自信もあった。ただ、出来たばかりの店にどれだけの客が入るかなど、想像はできない。誰も来なかったらどうしよう。そんな不安が太一の中にあったのも事実だ。

 だが、そんな心配は杞憂に終わった。イケメンが働く喫茶店として開店前からそこそこ小さな話題になっていたらしいのだ。事前にSNSにに写真を載せて店の宣伝をしたのも一因かもしれない。そこには店の内装と、店長である赤間の写真を載せていた。それがバズったらしいのだ。店を開けると女性客でいっぱいになった。


「こちらがナポリタンと、クリームソーダでございます」


 太一は慣れた手つきで料理を運んでいく。ランチの時間は混み合い、てんやわんやだった。3人で回すにはこのテーブル数が限界だったかもしれない。とにかく忙しいランチタイムだった。

 


 そんな忙しさも午後2時を過ぎれば落ち着きを取り戻し、ゆったりとした空間に変わった。たくさん出ていたナポリタンなどの料理の注文は減り、ケーキと共に紅茶やカフェラテなどを楽しみ、優雅なひとときを送る人が増えたのだ。


「いやー、ランチの波は越えたって感じっすね」

「まさか、ここまでたくさんの人に来ていただけるとは思いませんでしたね」

「俺、こんなに忙しいランチタイム過ごしたの、久しぶりかもしれないっす」

「ふふ、俺もです」


 店の端っこの方でつくしと太一は、先ほどまでの賑わいを話題に一息ついていた。


 --カランコロン


「いらっしゃいませー」


 1人の男が来店した。しかもこれまた長身の美男子だ。年齢は20代半ばくらいだろうか。少年のような顔立ちとは反対に、少し大人びた雰囲気のある人だった。

 店内も、タイミングよく空いていたので、窓際のテーブル席を案内した。男は楽しそうに店内を見回し、「おしゃれな店ですね」と太一に話しかけていた。



「こちら、ケーキセットのショートケーキと、紅茶でございます」

「うわぁ! 美味しそうですね! 手作りですか?」

「はい。店主が自ら手作りしたケーキになります」

「へえ、そうなんですね。いただきます! ……うんま〜!!」

「ありがとうございます。ではごゆっくりお過ごしください」


 つくしがケーキと紅茶を運ぶと、男は子供のような声色で話しかける。それはそれは美味しそうにケーキを頬張るので、つくしは彼に好印象を抱いた。

 

 

「俺、あのお客さん苦手」

「え、いい人そうじゃないですか」

「いや、そうなんだけど、なんか笑顔が貼り付けられてるみたいで気味が悪いんすよ」


「あらあら、お客さまの悪口は良くないわよ」

「ベニさん……!」


 太一とつくしの元に主にキッチンを担当していた赤間が近づく。どうやら2人の会話が聞こえたらしい。どんな男性なのだろうと窓際の席を見ると、思っていた以上に綺麗な男が自分のケーキを頬張っていた。


「あら、すてきな男性じゃない」

「ベニさんもそう思うんすね」

「まあ、あくまで第一印象よ」



 男はしばらく窓を見つめ、ゆっくりと時間を過ごした後、会計のために席を立った。


「お会計は1200円になります」

「美味しかったです。とても」

「ありがとうございます」

「あの、差し支えなければ、店長さんにご挨拶をしても?」

「はい。少々お待ちください」


 太一は男に少し待つように言い、赤間を呼びに行った。ほんの少し待った後、赤間が会計のカウンターに来ると、男は嬉しそうな顔で話しだした。


「お待たせしました。店長の赤間です」

「あ、赤間さんっていうんですね! ぼく、永田といいます。ケーキ、美味しかったです! それにこのお店も素敵ですね!」

「それはありがとうございます。気に入っていただけたのならよかったです」

「ぼく、あなたのファンになりました! 店名もいいですよね。緋色、スカーレットが由来ですか? 花言葉は【秘められた情熱】。あなたにぴったりだ!」

「ありがとうございます。他にもメニューはたくさんありますので、またのご来店お待ちしております」

「きっと近いうちにまた会えると思うので。ぜひ仲良くしてくれれば嬉しいです。それでは、また」


 2人の会話を少し離れていたところから太一とつくしは聞いていた。何だろうか。太一には2人の会話が噛み合っていないように聞こえた。永田はニコニコと笑っているようで、目が笑っていないように見える。太一は永田に少し不信感を抱き始めていたようだった。そんな太一の視線に気がついたのか、永田はふとこちらを見てにこやかに会釈をし、店を去っていった。



「元気な方でしたね」


 永田が今日最後の客ということもあり、店内の片付けをしながらつくしは話し出した。


「近いうちに会えるって、また来てくれるんですかね」

「えぇ……、俺やっぱりあの人苦手っす」

「さて、どうかしらね。来てくださるのなら、きちんとおもてなししなくてはだめよ、太一」

「分かってますよー」


 太一は少し不貞腐れながらテーブルを拭いていた。しばらく3人で話しながら片付け作業を進めていると、赤間の携帯にメールの通知が来た。


「矢田ちゃんからだわ」


 メールを開くと、内容はプリフェクチャーバトルの再開の知らせだった。近いうちにまた試合があるので準備するように書かれている。


「店員が1人増えるんすね」

「怪我には気をつけてくださいね」

「もちろんよ」


 喫茶緋色、開店初日は慌ただしく1日を終えたのだった。

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