地殻獣 改定版
その兵士は地裂から二〇メートル程の距離にいた。地殻獣は地裂から数メートルの位置でコロコロと転がっている。今見えている地殻獣は拡散態の球体型で、一メートル程の黒い岩の塊のような見た目をしている。溶岩が冷えて出来た岩に似ているが、違っているのは、内部の高温の部分が青白く発光していることだ。溶岩であれば赤熱化しているが、地殻獣の場合は体組織が青いため、青く光っているように見えるのだ。
体組織と言っても、我々が知る普通の生物とはかなり異なっている。岩のような細胞で化石のようにしか見えないが、熱を得ると流動化し普通の細胞の様に機能する。明らかに地球の生命とは異なる生態だ。ある種の菌類に似ているそうだが、生態の解明や弱点の研究はあまり進んでいない。
分かっているのは、潜伏態、成長態、拡散態の三つの状態があるということだ。
潜伏態は地表から数キロの地殻部分に局所的に生息している状態だ。高温高圧の環境で岩石などに混ざり地熱をエネルギーに生きていると考えられている。
そして成長態。これは潜伏態が地表にまで上ってくるときの状態だ。潜伏態の時よりも流動性の高い状態となり、直径数十メートルほどの細い線状になって少しずつ地表に向かって伸びていく。
最後に拡散態。これは地表に達した成長態が地裂として現れた後、地裂の内部から出てくるものである。当初は溶岩のように流動性の高い状態だったが、現在では球体型として現れる。拡散態を放っておくと地殻獣の地表侵食が進み、直径数十メートルだった成長態は地表を覆った拡散態の下で一気にその径を増しながら増殖していく。最後に残っていた地表部分にも増殖し、最終的には地球の地殻構造を全て埋めつくすと考えられている。その為、兵士たちは拡散態を削撃銃で殺している。二つに割って、冷やして殺すのだ。
球体型地殻獣に削撃弾が撃ち込まれる。だが角度が悪かったのか、弾芯は弾かれてしまう。連続して撃つが、そのいずれも弾かれてしまった。
何故何度も弾かれるのか。普通は二発も撃ち込めば劈開して真っ二つになり、断面から冷えて死ぬ。拡散態の場合は再び熱を得ても再生はしない。この兵士は射撃が下手なのだろうか。
兵士は撃つ。しかし……当たりこそするが、弾芯は全て弾かれてしまう。
私は他の兵士にカメラを向ける。三十メートル程左に別の兵士がいたが、同様に苦戦しているようだった。いつもの戦闘ではありえないほど、射撃が効いていない。地殻獣の掃討は二割と言ったところか。
早くしないとエキスカベータが到着する。地殻獣の掃討が終わっていなければ危険であるため、地裂の無効化処理は待ってもらうしかない。だがそうなると、別のエリアでの戦闘スケジュールが狂う。
エキスカベータは数が少ないため戦場を移動して処理を行っているが、ここで待ちが発生するとこの後の作戦すべてが遅れてしまうのだ。時間が遅くなればその分地裂は広がるし、噴出するブルーガスの量も多くなる。それに、地裂に注入するためのセメントミルクもポンプ車の中で固化が始まってしまう。いいことがない。
何故射撃が効いていないんだ? 私はカメラを覗きながら考える。
射撃の練度が今日になって急に落ちたわけではないだろう。削撃銃の不調の可能性はあるが、しかし部隊全体で一斉に発生するのはおかしい。となると、原因は地殻獣の可能性がある。
拡散態の地殻獣は、一番最初は溶けた溶岩そのもののような状態だった。地裂から高温で柔らかい地殻獣が染み出てきて、地裂の周囲に広まっていく。しかし温度低下による硬化、地殻獣で言う所の非活性化は早く、広がるより前に地裂の上で冷えて、上方向に積み重なっていく現象が起きていた。
結果として地裂の上に塚のような形状が出来上がり、やがて重量に耐えられなくなり倒壊した。倒壊した断面は冷えやすいので、やがて拡散態の地殻獣の噴出も止まった。ガスは出続けるのでセメントで蓋をする必要はあったが、地殻獣と戦う必要はなかった。
だが拡散態の地殻獣は、ある時球体型となって転がり始めた。表面は冷えて固まっているのだが、中央部分は熱を持っていて活性化した状態であり、つまり生きていて、転がりながら地裂からより遠くまで移動することができた。
拡散態の球体型はある程度地裂から離れると、つぶれて地面に広がる。それが数日かけて何百、何千もの数になると、地表は熱を持った状態で青白い地殻獣に覆われていく。そしてその面的な広がりの下に新たな地殻獣の体組織が送り込まれ、地面を熱して侵しながら地中の細い成長態がどんどん太くなり、やがて地殻全体を覆ってしまう。
地殻獣は名前の通り地殻を住みかとしているが、この拡散態の働きにより、熱量の少ない地表部分でも繁殖できるようになったのだ。
それは進化と考えられている。当初の溶岩のような状態ではうまく繁殖できなかったが、ある時点で球体型になり移動範囲が広がる突然変異が起こったのだろう。地殻獣は世界中に根を張って繋がっているから、その有利な突然変異は世界のどこかで起きて、そして世界中に広がっていった。人類は地裂を見つけて無効化処理をするだけだったが、球体型の拡散態に進化したことにより、駆除するための戦いが始まったのだ。
拡散態に削撃弾が効かないのは、何らかの進化が起きたからだろうか。唐突な思い付きだったが、この急激な戦況の変化はそうとしか思えなかった。
ファインダー越しに目を凝らす。兵士が撃ち、しかし弾芯は弾かれる。拡散態は球体なので元々攻撃を弾きやすいが、中央付近に弾着するように訓練は受けている。
何発目かの攻撃で地殻獣が二つに割れた。それは真芯を捉えたからなのか、彼らの耐久力を超えたからなのか、どちらなのか分からない。だから私は、その一連の戦いにカメラを向け続けた。
その後も地殻獣の劈開には数発の弾芯を要しているようだった。これまでの戦闘よりも使用弾数が多いが、ほぼ殲滅が終わった。時間は五十分といつもより長い戦闘だったが、トレンチ・エキスカベータの移動には間に合った。
トレンチ・エキスカベータの進路がクリアになる。エキスカベータは地裂に跨る様に進路を取り、前部のトレンチカッター、観覧車の様に回転するいくつものバケットが、自重と油圧の力で地裂を抉っていく。
岩の砕ける音が響く。地裂は約六百度の高温であるため、トレンチカッターは水を出しながら掘り進んでいく。そして地裂内部で発生した水蒸気と一緒にクラストブルーが勢いよく噴出し、エキスカベータはあっという間に真っ青になっていく。
ワイパーでフロントガラスだけ綺麗にし、エキスカベータは時速五キロで進んでいく。この青はすべて猛毒だ。エキスカベータの乗員室は陽圧となっており内部にブルーガスが入らないようになっているし、当然作業中はガスマスクをつけている。しかしそれでも、致死性の猛毒を浴びながら走り続けるのは気が滅入ることだろう。
トレンチカッターの直径は十メートル。出来上がるトレンチの深さは五メートルで、そのトレンチには後続のコンクリートポンプ車からセメントミルクが充填される。セメントミルクはセメントと水を混ぜたものだ。これに砂を混ぜればモルタルとなり、砂利などを入れればコンクリートになる。
地殻獣は酸性土壌を好みPHを酸性に変化させていくが、セメントはアルカリ性であるため、中和することができる。そしてセメントミルクはほとんど液体なので、地裂の隙間にまでしみ込んでいく。そして数日で固まり厚さ数十センチの蓋となり、地裂を封じる事ができる。地殻獣は出てこられないし、ブルーガスも出てこなくなる。この一連の作業を無効化処置という。
いくら地殻獣を殺しても、大元の地裂を無効化しないと、またいずれ地殻獣が出てきてしまう。地裂が発生してからしか行えないが、今のところ、これが一番有効な対処方法だった。
兵士たちは撃ち漏らした拡散態の地殻獣がいないか周囲を確認している。生き残っていても地裂が無くなれば、外に出ている地殻獣はやがて温度が下がり動けなくなって死ぬ。地中の地殻獣は熱を得ると再び活性化するが、拡散態の場合はそれがない。一度冷えたら、それで終わりだ。だから放っておいても大きな問題はないが、たまにエキスカベータに襲い掛かって来ることがあるので、故障を防ぎ、乗員の安全のためにも全部殺しておく必要がある。
それと周辺の確認には、撃ったタングステン弾芯の回収という目的もある。タングステンは非常に貴重な金属で、日本では産出しないし、今では外国から輸入するのも不可能であるため、撃った弾芯は再利用している。歪みがなければそのまま使うし、ダメなら溶かして再び鋳造する。この弾芯が無くなれば地殻獣とも戦えなくなるので、基本的には撃った弾芯はすべて回収している。
トレンチ・エキスカベータがゆっくりと、確実に前進していく。時速五キロなので、五〇〇メートルの地裂だと六分ほどかかる。もう半ばまで来て、兵士たちも順次移動車両に戻っていく。
私は第四部隊の所属だが、誰が第四部隊なのか分からない。兵士たちのヘルメットにはHUDのようなものがあり、戦況などが分かるようになっている。それを使うと相手の所属なども分かるので問題ないようだが、あいにく私のヘルメットにはついていない。だから近くの兵士が帰るのに合わせて動くしかない。
兵士たちは走り出した。私も走る。
今日の私は、ここで一体何をやっていたのだろうか。闇雲にカメラを回し、適当に録画する。これが戦闘の役に立つのだろうか? 分からないまま、私は帰路に就いた。
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