5 病室とマスコミ

 それから、再び武志が目を覚ましたのは事故から三週間後の事だった。

 泣きじゃくり抱きついてくる直美と、涙を堪え笑う刀兵衛の姿に戸惑った。

 先ほど眠って起きただけだと思っていたら、刀兵衛の説明で時間の経過を聞いて武志は驚くばかりだった。

 身体の方は動くようになったし、声も出るようになった。

 暫く眠っていた、というせいかいつもよりは身体の動きは鈍く感じたが痛みはなかった。


 医者の説明からすると全身の打撲と軽度の火傷を負っていたらしい。

 らしい、というのはその症状についてはすでに回復しているからだ。

 武志は自分の身体を触って確認したが火傷した痕すら無く、医者の説明を半信半疑に思っていた。

 説明によると打撲、火傷共に本来ならあり得ないほどの回復速度で治ったらしく、三週間眠りについていたことも含め少しおかしな状態だそうだ。

 言い難いと言わんばかりの表情でそう説明する医者に、武志は首を傾げたが刀兵衛に、ちゃんと聞け、と窘められた。



「瑠璃たちも病院に運ばれてる?」


 医者が病室を去ってから、刀兵衛が補足のように武志にこの三週間の出来事を説明してくれた。

 平日、昼間。

 直美は渋々学校へと登校していて、病室には武志と刀兵衛の二人きりだった。

 ベッドの側の椅子に刀兵衛は腕を組んで座り、驚きに前のめりになる武志を、落ち着け、と一言制した。


「生徒たちは皆病院に運ばれてる。ああ、いや、先生やバスガイド、運転手も同様だ。修学旅行に向かう二年生のバスがからな、人数は多く一病院では受け入れられないから散らばっているがな」


 奇跡的に死者は出なかった、と刀兵衛は続けた。


「それで、瑠璃は別の病院に?」


「ああ、瑠璃ちゃんも勇斗君もそれぞれ別の病院に運ばれた。症状としては、武志、お前と一緒らしい。ただ、瑠璃ちゃんらはまだ眠っているようだがな」


 保護者たちのネットワークで誰が今どんな状態か連絡を密に取り合った、と刀兵衛が付け加える。

 スマートフォンの操作などに疎い刀兵衛がそれを駆使して連絡を取り合ってることは武志にとって意外だった。

 瑠璃の母である智恵とは特に隣近所であることからよく話を聞いていたようだ。


「お前が目覚めたのは俺達家族にとって喜ばしいことだが、皆にとっても朗報なんだ。謎の眠りから目覚めたのは武志、お前が初めてだからな」


 事の次第を理解して武志は瑠璃や勇斗の所へ行きたかったが、刀兵衛に先に釘を刺された。

 目覚め身体の不調も無いとはいえ、まだ要観察というところで退院の予定も決まっていない。

 病院のベッドを占領してる以上、経過観察と判断されたなら自宅療養が出来るからととっとと出ていけと言われても仕方ないのだが、これはマスコミ対策の一環なのかもしれないと刀兵衛は考えを口にした。


「マスコミ?」


 考えてもいなかった言葉に武志はふと自分が個室に入院してることに疑問を浮かべた。

 事故で運ばれた人数が多いなら、大部屋にいる方がベッド数の圧迫せずに済むはずだ。


「大部屋だと連日マスコミが他の方の見舞いだなんだとあの手この手で病室に入ってくるもんでな、他の患者さんのことも考えて移してもらったんだ。病院側も色々やっちゃくれたが、それも負担させて申し訳なくてな」


 刀兵衛は一喝してマスコミを退けようとも思ったが、それはそれで恰好の餌食となると直美に止められた。


「マスコミは事故以来連日事故を取り上げてやがるよ。事故関係者は軒並み病院で眠ったままで進展もないのに、新聞に週刊誌、ネットニュースもそればかりだし、テレビじゃコメンテーターがああだこうだと誰の責任かを問いてるよ。まったく、好き勝手言ってやがる。学校も観光会社も毎日マスコミに押しかけられて可哀想なもんだよ」


 刀兵衛は怒りを語気ににじませて、閉められた窓のカーテンに目をやる。

 この病室が何階に位置してるのか武志にはわからなかったが、もしかしたらカーテンを開けるとそこから写真を撮られるのかもしれない。

 いや、もう撮られていたのかもしれない。

 カーテンの隙間から日射しが差し込む。


「原因不明で、前代未聞のバス事故だ。誰も無事に安堵出来ない状態だったからな、何かを責めるしかないのか陰謀論みたいのまで出てくる始末だ。誰も姿も知らない何かのせいだと、面白半分で騒いでるヤツらもいるぐらいだからな」


「原因不明?」


「警察の調べじゃバス自体に不審な点は無かったし、落石なども無かった。事故の時、バスの後ろを走ってた車の運転手が言うには──ああ、その人が慌てて通報してくれたらしいんだが──バスは突然何かに引っ張られるように傾いたんだそうだ。四台のバスが、一斉にな」


 刀兵衛にそう言われ、武志はあの時感じた浮遊感を思い出す。

 全身が身震いし、胃が浮かび上がりそうになり吐き気を催す。

 でも、そう、あの時最初に浮遊感を感じたわけじゃない。

 爆発音だ。

 武志はそこに思い至るが、それが何なのかまではわからなかった。

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