CHANGE the WORLD
清泪(せいな)
プロローグ
1 西洋騎士と人型のトカゲ
誰かが呼んでる気がした。
目を開けたら一面の青空だった。
雲ひとつ無く澄みきった、吸い込まれる様に、沈んでいく様に、青い空。
右手が自然と空に向かって伸びた。
何かを掴みたいのか、何かに掴まれたいのか。
それはその手の主、
ただどちらにせよ、その手は何も掴めていなかったのは事実だ。
いつも、どんな時も。
掴みたくても、何も掴めなかった。
諦める様に手を降ろそうとした瞬間だった。
武志の右手が手甲に掴まれ、強い力で引っ張られた。
強制的に身を起こされ戸惑う武志は、手甲の主を見上げた。
173cmある武志が見上げる形になるのだから、その手甲の主は軽く見ても2mは越えている大男である。
大男――西洋騎士の様な鮮やかな青の甲冑に身を包んだ大男は唯一剥き出しになっている顔の筋肉を少しだけ動かした。
微笑みで和まそうとしているのだと、その不器用にひきつった表情から武志は読み取った。
こちらも笑い返すのが礼儀かと思ったが、そうもいかない。
礼儀云々以前に自分が今置かれている状況を把握できていなかったからだ。
目の前に立っているのは首から上以外を鉄製の鎧で身を包んだ大男。
見た印象だけでもとてつもない重量を感じる。
動けているのが不思議に思えてくるぐらいだ。
それから目を反らし辺りを見回すと、一面の草原とそこに立つ人影が複数。
武志と大男を囲む様に円を作り並んでいる。
人影と言ってみてもそれは人と同じ型をした異様な生物。
膝の高さまで伸びた草むらに生える様に立つ脚は草よりも緑濃く、鱗状の肌をしている。
腰と胸になめし革の防具を着用するそれは明らかにトカゲであった。
人型のトカゲ。
トカゲ人間とでも呼べばいいのか、それは先が二又に割れた長い舌を出したり引っ込めたり左右に揺らしたりしながら武志達の様子を窺っている様である。
トカゲ人間、という生態に思い当たる節のあった武志はそれをじっくり見てみたが知っているそれとは何処と無く違うのではないかと思った。
ともかく現状は武志と謎の鎧男を囲む様に円形に並ぶトカゲ人間十数名、というあまりに現実感の無い状況である。
しかし、この現状が決して夢や幻想の類いではない事を武志は感じ取っていた。
ひしひしと神経を刺激するものがある。
ここ最近感じ続けてきている殺気という、刺激。
ごんごん、と音がしたので大男の方に振り向くと、傍らには剣が地面に突き刺さっていて大男はそれを小突いていた。
大男の身の丈程ある両刃の大剣で、鉄の塊に棒がくっついたような様は、無機質。
それが大男の得物だとすると、総重量は一体どれ程になるのだろうか?
武志を振り向かせたかったのは何かを伝えたかったからなのだろうが、しかし大男の言葉は武志には伝わらなかった。
武志が今まで聞いた事の無い言語だったからだ。
大男の顔はアジア系なのでアジア圏の言葉なのかもしれないが、武志には僅かなニュアンスすら伝わらない。
英語は学校で習った範囲なら理解できるが、他の国の言葉はまったくわからない。
それでも数ヵ国、映画やドラマなどで聞いた事のある言語はあるが大男の発するそれは武志の記憶する言語には該当しなかった。
そもそも“言葉”という感じがしない、まるで旋律を奏でているようだ。
しかしまさかこの状況で大男が唄い出したりはしないだろう。
ともかく、武志は自身がいる場所が日本では無いことを改めて思い知らされた。
状況は相変わらず理解できてはいないが。
武志はとりあえず、わからないというジェスチャーをしてみようと思った。
言語は違うだろうが、ジェスチャーなら伝わる可能性がある。
昔、友人から国によってはジェスチャーも違う意味になるから安易にやらない方がいい、と言われた事が頭に過ったが無視する。
武志は恐る恐る首を横に傾げる。
大男はそれを見て、ゆっくりと旋律を奏でる。
早くて聞き取れなかった、と受け取られたらしい。
違ぇよ、と言いながら武志は今度は逆方向に首を傾げる。
それを見て大男は理解したのか、少し驚いた表情を見せ納得したように頷いた。
大男は頭を掻き小さくため息を吐いて、何かを呟いていた。
その呟きも武志には伝わってこない。
周りのトカゲ人間がにじみ寄るのが草を踏む音でわかる。
こんな大男とのんびりしてる場合だろうか。
武志は強く鋭くなっていく殺気に焦りを感じていた。
このまま、よくわからない状況で意志疎通できない大男とトカゲ人間の食糧となるのはまっぴらごめんである。
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