第6話 八宮 駿という人

市神に呼び出される少し前、僕の勤める事業所に、幼なじみの八宮が来た。小学、中学と一緒だったが、途中、進学校で別になり、大学でバッタリ再会した。進む道は、異なったが、同じ世界で仕事をしており、彼は、大手のレンタル会社のばか息子という肩書き?笑で、よく事業所に遊びに来る。僕は、彼を愛着を込めて

「八」

と呼んでいる。僕は、蓮で、お互いグルグル回る意味合いになる。さて、市神の医院での打ち合わせに行かなくてはならず、僕は、その日は、朝から、死ぬほど、憂鬱だった。

「蓮!言っていたよなー」

そう、僕は、市神が嫌い。というより苦手。

「あいつは、眩しいって。それは、場合によって、気になるって事なんじゃない?」

「いやいや。。やめろよ。なんて言うか。。。落ち着かないんだよ。あいつの近くにいると。なんて言うか。。。見抜かれているっていうか。例えるなら、1本の矢で、射抜かれる感じ」

僕は、胸のあたりを指した。

「遠い記憶の中に、恐怖が埋め込まれて。。」

言っている途中で、ハッとした。それは、八も同じだった。

「う。。ん」

僕は、下を向いた。

「あの時と。。。関係するのか?」

遠慮気味に、八は聞いた。

「ごめんな。。俺のせいで」

ぽつりと八は言った。僕は、もう、忘れてしまった。いや、忘れる事にした過去の責任を八に押し付けているような気がして、打ち消した。

「何言ってんだよ。もう、お前のせいじゃないって」

そうだよ。八のせいではない。誰のせいでも。あの日、まだ、小学校にも上がる前の幼い日、僕は、遊ぶ約束をしていた八の家に行ったが、八はいなかった。後から、知った事だが、八は、熱を出してしまい。仕事で忙しい両親に変わり、祖母の家で、寝ていたらしい。僕は、八と一緒に行く筈だった、近所のお菓子屋に1人で行った。そう、たぶん1人で。記憶は、そこまでで、泣いて歩いている所を僕は、巡回中のパトカーに保護された。お菓子屋に出かけてから、なんと1週間が経っていた。両親や親戚中に、怒られたり、泣かれたり、色々、聞かれたが、僕は、何も、覚えていなかった。本当に、何も記憶にない。考えて考えて、思い出すとすると、覚えているのは、

「眩しい」

と思った事となんとも言えない暖かい温もりに包まれていた事だけだった。大変な時が過ぎて、落ち着いてきた頃、僕は、不思議な感覚に囚われていた。額の辺りが、むず痒かった。特に、痒みが増すのが、真夜中だった。何度も、夜中に目が覚めて、額を掻きむしっていた。昼間は、何でもない。痒くて、掻きむしると、そこには、何か、瘤が出来ているかのようだった。昼間は、何でもない。出血しているような気がして、夜中に鏡を覗くと、僕は、あっと声をあげてしまった。

「どうしたの?」

心配して、様子を見にきた母親に、背中で、返事して、布団を被った。驚いた。そこには、細長く、縦に、目が開いているかの様だった。再度、勇気を出して鏡を覗くと、そこには、もう、何もなかった。何でもない。僕は、自分に言い聞かせて、普通の生活に戻ろうとした。前と変わらない日々。そんなのは、なかった。いつも、見る景色の中に、覗くたくさんの人が、僕には、見えた。どこに行っても。僕は、もう、変わってしまった。子供ながらに、僕は、悟ってしまった。これは、知られたらいけない事。何度も、いろんな人達が、僕の前を通り過ぎていく。或る日、気づいた。僕の景色の中の、1人の少女が現れている事に。少女は、いつも、黒いワンピースを着ていた。たくさんの人の群れの後ろにおり、ふとした時に、僕とその少女は、目が合ってしまった。少女は、慌てて、僕の前から姿を消してしまった。その日から、少女に会う事は、なかったが、大学で、「八」に再会した時、僕は、目を違った。あの時の少女が、八の側に、いた。彼女として、八の傍にいたのだが、僕と八が、友人と知ると、自然と離れていた。悲しむ八に、初めて、あの日の話をした。八は、当然、信じる事はなかった。けど、一緒に過ごしていくうちに、いろんな場面で、僕の話を信じてくれていた。

「対峙する時は、来るのかもな」

真剣な八の声に、僕は、はっとした。

「いつかは、あの日に何が合ったか、知らなくてはいけないし。今の生き方を変えた方がいいんとちゃう?」

冴えない大人になった僕に、八は言った。目立たないように、隠れるように僕は、生きていて。誰にも、見つかりませんようにと。多くの目の中から、逃れるように、身を隠している。

「何かが、できる訳ではないんだよ。」

僕は、言い訳した。

「出来ないと、決めているのは、蓮だけだろう。何かが、できるって、考えてみたら」

そんな事は、考えた事は、なかった。僕のできる事。ただ、境界線の向こうにいる人達の姿を見ることしかできない僕が、できる事なんて、考えたくもない。

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