第2話 約束

「体力が、ないだけんんだ。食べて体力が戻ったら、治療したいんだ」

彼は、僕に訴えた。多弁で、よく携帯をかけてよこした。僕が他の人の救急搬送で忙しい時に、邪険にしたら、凄んできた。

「迷惑そうにしやがって」

そうじゃないんだ。そう言えなかった。おもえば、寂しい人だったのかも、しれない。3人いる子供達は、家にも寄り付かず、年の離れた妻と2人暮らしだった。食べ物が喉を通らなくなり、息が苦しくなっても、彼は、弱音を吐かなかった。入院する日の前に、僕に電話をかけてきた。

「明日、入院する事になった」

僕が聞いた元気な声は、これが最後だった。退院してきた彼は、言葉を発する事は、難しかった。

「自宅に、きてほしい」

妻に言われて、自宅に向かった。

あぁ。。。僕は、ため息をついた。僕には、見え始めていた。細い路地に、その家はあった。大きな柿の木の脇に立ち、元気な時は、柿の実をもいで、僕に投げてよこした。大きな柿の木は、不穏な空気に包まれていた。自宅の軽い戸を押し声をかけた時に、奥の階段の上り口から、振り向いたのは、長い髭を持つ、歳老いた老人の顔だった。

「来て頂いて、すみません」

横から、声がかかり、僕が再び、顔を向けると、それは、消えていた。僕が、よく見る死神。。。は、骸骨でも、恐ろしい悪魔でもない。その家の古い人達。血脈にいたであろう人達が、家の中のあちこちから、顔を出す。そして、その時期が近づくと、家は、不穏の渦に呑まれ、古の人達が顔を出す。

「忙しいんでしょう?」

妻は、僕に構わず、続けた。

「今は、寝てるんです。昨夜は、苦しくて眠れなかったようで、今、看護師さんが帰った所なんです」

どこともなくお香の香りがしてくる。近い証だ。

「本人は、治療したいって言ってるんです」

今まで、元気だったのに、どうして余命が1ヶ月と言われて認める事ができようか?もう、その時期は、すぐ、そこまできているのに、僕は、生きたいともがく、本人に何を言うことができる?

「痛みは、ないですか?」

僕は、妻の言葉が聞こえないふりをした。

「ないんですけど、本人は、飲んでいます」

痛みがないのに、頭のしっかりした人が、リスクのある薬を飲む訳がない。全身に転移しており、もう、肝臓にまで、広がっている。脳に転移するのも、時間の問題だ。生きたいと、まだ、死ねないと、何度も、本人は、僕に言っていた。絶対、治ると信じていたし、僕も勇気づけた。

「先ほど、看護師さんが帰ったんです。明日、先生が来るって話です」

「わかりました」

僕はわかっていた。二人で、話す僕達の隣に古の人が座っていた。本人にも、よく似た面差しで、長い髭を蓄えている。先ほどと違うのは、長い柄を持つ鎌を持っている事だった。

「本人さんは、何か言っていなかったですか」

折角、眠っているのを起こすのは、申し訳ない。

「治療したいって、思いは変わらないのですが」

妻は、口の中で、小さく呟いた。

「治らないのなら、仕方がない」

細く長い糸が、本人のいる人から長く出ていた。その糸は、どこか遠くにつながっているようだった。午後の日差しに、キラキラと輝いていた。なんて、綺麗なんだろう。。。僕は、場面を忘れて見惚れてしまった。

「!」

妻が、急に立ち上がって奥の部屋に走っていった。僕は、ハッとして隣の古の物が持つ鎌に目をやると、細く切れた糸が、キラキラと、細い刃先に巻きついていた。

「約束だろ」

古の者は。言葉には、出さず、目の中で呟いた。

「約束を守りにきた」

奥から、妻の大きな声が上がっていた。

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