満月に現れる小さなお店で男性客に口説かれています。

桜塚あお華

00.これはとある二人の物語


「なァ、いい加減俺のものになれよ、店主」


 いつものようにアイスクリームを盛り付け、パンケーキを作り終えると、同じ黒髪の男性が声をかけてきて、僕に迫ってくる。

 テーブルにパンケーキとバニラのアイスクリームが盛られている皿を置いたと同時に、右手で僕の右手を絡めとるようにしながら握りしめる。

 顔が近い。

 それでも、目の前にいる男性は常連客なので、笑顔で挨拶をしなければならない。

 簡単に愛想笑いをした後、手を振り払おうとしてみたのだが、やはり彼の方が力が強いため簡単に振り払うことができない。

「……クロさん、いい加減に放してくれると僕としては嬉しいんですけど」

「じゃあ店主は俺のモノになるか?」

「……何度も聞きますが、どういう意味で?」

「だから店主と俺がキスしてあわよくば交尾できるぐらいの関係」

「僕は男です」

「この世界、男でも結婚できる。嫁になれ『アキノリ明典

 綺麗な笑いで僕に向かって答えるイケメンは滅んでくれないだろうかと何度も思ったことがあるのだが、どうやら簡単に滅びてくれないらしい。

 だからこそ、いつものセリフを吐く。

「嫌です」

 大抵こう言えば男性ーークロさんは諦めてくれる。

 ちぇっと呟いた後、席について目の前にあるパンケーキとアイスクリームに視線を向けていた。

「いつものように蜂蜜をかけますか?」

「おう、頼むわ」

 クロさんはいつもパンケーキは必ず頼む。

 前菜、メインを食べた後、食後の後にはバニラのアイスクリームとパンケーキを注文する。そしてパンケーキには蜂蜜をかけるのがお好みのようだ。

 とろっとした蜂蜜をパンケーキにかけた後、クロさんはナイフで切り分け、フォークでパンケーキにさして口の中に入れる。

 ふわっふわとした食感のパンケーキに、クロさんの頬は赤く染まっていくのがわかる。

「んー!うめぇ……やっぱ店主のパンケーキは最高だなぁ……今日のちーずはんばぁぐだっけ?あれもうまかった」

「それは良かったです。いつもご来店ありがとうございます」

「……前々から聞きたかったんだが、ここ一応店、だよな?」

「まぁ、店ですね」

 クロさんは周りを確かめた後、窓から見える景色に視線を向ける。

 窓から見える景色は満月の夜と、森である。

「ここから歩いて数分後にダンジョンがあるじゃねーか」

「そうですね」


「……ここ、『死の森』に店構えて客来るのかよ?」


「……」

 クロさんの言うとおり、この店は森の中に立っており、別名『死の森』と呼ばれている場所でもある。

 僕の店はこの森の中にあり、滅多に人が入ることはない。

 一応ダンジョンはあるらしいのだが、ダンジョンも滅多に入らないぐらい上級者向けのダンジョンであり、人など来ない。

 もう一度言おう。

 人などそんなに来ない。

「……く、クロさんが来てくれるので大丈夫です。そ、それに何人か常連客の人も居ますので」

「へぇ、嬉しいこと言ってくれるね店主。だからいい加減俺の愛にも答えてくれね?」

「それは出来ません。それにそもそも僕がこのお店を建てたわけではないので……ごにょごにょ」

「聞こえねーぞ、店主ー」

「と、とにかく経営は大丈夫ですし、僕は皆さんに美味しい料理を食べてもらいたいからお店を出したわけです!」

「でもここじゃ来ねーわなァ?」

「……」

 クロさんの言葉に何も言えなくなってしまった僕は崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。

 彼の言う通り、お客は少ない。

 わかっているのだが、好きでこのお店をここに建てているわけでもないし、移動することすらできないのだから仕方がない。

 いつの間にか涙目になっていたのかもしれない。ボロボロと地面に水がこぼれ落ちてきた。

 そんな会話をしていると、食べ終わったのかいつのまにかクロさんのパンケーキとアイスクリームをたいらげていた。

「ごちそーさま、じゃあいつもどおりお金は置いとくぜ」

「あ、は、はい……いつもありがとうございます」

「そろそろお店閉めるんだろう?」

「そうですね……もう、そんな時間になりますか」

 窓の外を見ると空が少しだけ明るくなってきていることがわかった。

 お店がそろそろ終わる合図だ。

 銀貨を受け取り、いつものように営業スマイルでクロさんを見る。

「いつもご来店ありがとうございました」

「じゃあまた次の満月の夜に来るな」

「はい、お待ちしております」

「……」

 笑顔で挨拶をしたのだが、クロさんは止まったまま僕の方に視線を向けてくるので、思わず僕は首を傾げながらクロさんを見る。

 クロさんは何か言いたげそうな顔をしていたのだが、いつものように笑った後僕の頭を撫でた手がそのまま頬に触れる。

「お前だけだぜ、思い通りにならねぇの」

「……クロさん?」

 少しだけ悲しそうな顔をしたクロさんだったが、僕から離れた後そのままお店の扉を開ける。

 背を向けたまま扉を閉めると、お店の中は誰も居なくなり、残されたのは僕だけになった。

 触れられた頬が、少しだけ熱く感じてしまったのは気のせいだろうか?

「……ごめんなさい、クロさん」

 もう居なくなってしまった常連客の名前を呼んだ後、僕は目を閉じた。

 次に会える、『満月の日』を楽しみにしながら。


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